金魚ちゃんの晴耕雨読☂

読んだ本や漫画の感想を書いたり作った料理の記録をしたりするブログ。

2019年7月13日 青い花6巻 感想

はいこんばんはRM307です。今週は漫画回、今回は志村貴子作「青い花」6巻の感想です。もう6巻!
何だかんだでまた2ヶ月空いちゃったな。まぁこの巻を含めてもう残り3巻なので、もうすぐ終わり。
そう考えると寂しいな・・・時間をかけて読んでいると、それだけキャラに愛着も湧いちゃうしね・・・。
3巻の感想:http://rm307.blog.jp/archives/78078877.html
4巻の感想:http://rm307.blog.jp/archives/78693186.html
5巻の感想:http://rm307.blog.jp/archives/79156982.html

【主な登場人物とその関係】
あーちゃん(いつも明るく元気な主人公、幼なじみのふみから好きだと言われて意識する)
ふみ(あーちゃんの幼なじみ。初恋だったあーちゃんに好きだと伝えてしまう)
井汲さん(あーちゃんの友人。杉本先輩に片想いしていた)
杉本先輩(各務先生への想いを捨てられずふみと付き合うが後に振る。卒業して留学中)
大野さん(あーちゃんの後輩、姉が山科先生と付き合っている事を知る)
山科先生(あーちゃんたちの学校の先生。大野さんの姉と交際中)

この登場人物紹介も毎回変えているんですよ!今回はお話に絡むキャラが少なかったので減らした。


まず表紙は番外編「若草物語」で描かれている、山科先生と大野さんの姉の学生時代のイラスト。
メインじゃないキャラが表紙を飾るって珍しいな。現在のふたりも今回ちゃんと登場しています。

冒頭は留学先から帰省した杉本先輩と井汲さんの会話から。杉本先輩、髪が伸びてきれいになった
と言われているけど、僕は短髪の王子さま風の方が好きだったなぁ・・・個性が無くなったような。
「まだ私の事を好きでいてくれているの?」と訊く杉本先輩。こういう事を平気で言うよな~!
井汲さんわかるよ、僕も経験あるから・・・。井汲さんの答えは「わかりません」。以前想いは
捨てたふうな事を言っていたけど、でもやっぱり杉本先輩が振り向いてくれたら絶対嬉しいよね。
「ずるいです先輩」、「そんなにきれいになって帰ってこないでください」というセリフがもう。
井汲さんが報われると良いなぁ、もう悲しまないと良いなぁと思いつつ、どろどろしているのも
読みたかったので、若干期待しながら読んでいたのだけど、杉本先輩の登場はここでおしまい。
残念!杉本先輩に引っかき回して欲しかったんだけどなーw大人になっちゃったな先輩も・・・。
恋心を抱いていた各務先生との間にも何も無かったし・・・。まぁでもまた帰ってきて欲しいな。
井汲さんが杉本先輩からメールアドレスをもらえたのは良かった。また気持ちが再燃しそうだけど。


後輩の大野さんの祖父が経営している旅館にやってきたあーちゃんたち一行。旅館の作画がすごい!
やっぱりプロはすごい。豪勢な料理の作画も。しかし君たちまだ高校生でしょ!羨ましいぞ!w

夕飯後には大浴場へ。ふみの裸体が見たいと言う松岡女子の三人組w小さく描かれた顔も可愛い。
そして次のページではふみの裸体が描かれている。前回と違い今回は乳首にトーンがある・・・!
だけどそれよりもあーちゃんの乳首に動揺してしまった。あーちゃんは見た目が小さい子だからか、
何だか罪悪感が・・・。あーちゃんは思わずふみの裸体に見とれてしまう。そして照れながら、
「ふみちゃんきれいだからみとれちゃったの」と言い、その言葉に今度はふみが意識してしまう。
好きな相手からそんな事を言われたら、自分を好きになってもらえるかもと期待しちゃうよなー。
僕は相手にそんな事を言われた経験が無いけど、きっと、いや絶対舞い上がってしまうと思う。

その後ふみは湯あたりしちゃうのだけど、起きようと静止させた山科先生のデフォルメ顔が可愛いw
何度も生徒がお風呂に居ないか確認し、恥ずかしいと照れるコマも。普段はクールなのに意外だw
でもその後のふみから恋の悩みを聞く表情はさすがの大人っぽさ。僕もこんな先生に習いたかった!

あと、この話では39ページの少し大人びた大野さんが可愛かった。冬目景姐さんぽさを感じる良さ。


次の話ではあーちゃんのヨコハマ行きを嫌がる顔、「帰りたくない」と言う幼い頃が可愛かった。
あーちゃんの家に泊まってホームシックになっていた幼いふみちゃんもwそんな過去があったんだw

ふみの家に泊まったあーちゃん。ふたりは一睡もできず朝を迎える。一晩考えて、あーちゃんは
ふみに付き合ってみようかと提案する。この時のあーちゃんの表情、ぺたんと座った姿勢も可愛い。
あーちゃんは今まで同性を好きになった事が無いから、この決断には勇気が要っただろうなぁ。
でもあーちゃん、ふみへの想いは「そういう好き」なの?少なくとも性的な好意では無さそうだ。
それに、あーちゃんのセリフやふみのモノローグにもあるように、もしも今後別れる事になったら
もう友だちには戻れない。友だちから特別なひとになる展開ってすごく胸が躍って好きなんだけど、
反面、それが駄目になり友だちですらいられなくなる展開ってすごくつらいんだよな・・・・・・。
あーちゃんとふみがふたりで居る時の笑顔を思い出して、ふたりがいっしょにいられなくなって
しまったら・・・と考えて悲しくなった。思えば過去の僕もそうだったんだけど(実際に当時の僕も
駄目になったら友だちでもいられなくなる事を考えたんだけど)、その気持ちを止めようが無かった。
誰が言ったか忘れたけど、それはブレーキの効かない自転車で坂道を下るようなものだったのだ。
・・・誰が言ったんだっけ?村上さん?と思ってブログ内を検索したら、どうも僕が言ったらしい。
本当に自分の言葉か自信が無いけど。それこそ村上さんの作品など本からの受け売りかもしれない。

話が逸れた。しかしその夜にあーちゃんと付き合う事を考えて顔を真っ赤にするふみちゃんは可愛い!
声にならない声を上げるコマの表情は深爪先生を思い出した。志村貴子先生がお好きだったものな。
翌朝、いつも通りの通学路、いつもより大人びたあーちゃんの表情、手を差し出したコマが可愛い。
そして汗ばんでいるのは自分の手だ、と譲らないふみ。あーちゃんの言うように可愛いなwww


学校で井汲さんに報告するあーちゃん。「ふみちゃんてすごいんだよ」というセリフは誤解されるw
ふみの視線は刺さるように熱いらしい。井汲さんは「情念の人」と言う。たしかに、すごくわかる。
拙作「百合少女交響曲♪」だと茅野さんが近いかもしれない。ふみちゃんほど魅力的じゃないけど。
その後会話がだだ漏れだと上田さんに指摘された時の、飛び上がって驚くふたりも可愛いなぁw
以前も書いたけど上田さんは正直怖い。この巻でもまだ大人しいけど、いつか牙を剥きそう・・・。

そして恋のパワーでいつもよりも大胆に行動できるふみ。だよねぇ・・・無敵感があるよね・・・。
それでも、常に「どうしたら嫌われずに済む?」と考えているのもすごくよくわかるよ・・・。
あーちゃんとのデートを前に眠れず、抱き合うのはありだろうか、ベタベタするのは嫌いかも、
といろいろ考えすぎてへこんで、井汲さんにデートに付き合ってくれないかと電話するふみwww
井汲さんの立ち位置もホント大変だな・・・w幸せになってくれ・・・できれば許嫁の康ちゃんと。

デート当日、サイドテールのふたりが可愛い!そしていつもと変わらない笑顔のふたりが愛おしい。
こうやってずっとふたりで楽しい時間を過ごしていてくれ!!!駄目になったりしないでくれ!!!
しかし(しかし?)帰り道、ふたりはキスをする。ああ・・・!もう友だちには戻れないのかな。
まずはそれを考えてしまう。ふたりの事が好きだから嬉しい気持ちもあるけど、やっぱり心配だよ。

そんな中、やっさんとポンちゃんの恋人が居ない同士のやりとりが癒やし。ふみが同性愛者だと
知っても見る目や態度が変わったりしないのも良い。ふみちゃんとずっと友だちでいてあげてね。

そしてここで山科先生の元にある生徒が現れる。彼女はクリスマスに先生を誘いにやってきたのだ。
家族に恋人を紹介する、との山科先生の言葉に泣き出す生徒。山科先生は「勇気を出してここに
来てくれてありがとう」と優しく慰める。良い!4ページでこんなに良い百合を表現できるなんて!
大野家では山科先生の恋人、大野さんの姉がそわそわしている。時間を見て驚いた時のポーズがw
大野さんの姉は、家族に自分の恋人が女性だとは教えていない。大野さんは知っていて微妙な表情。
紹介や自分、お互いの家族関係が上手くいくと良いんだけど・・・この前フリは心配だなぁ・・・。
今回メインじゃないこのふたりが表紙になっているというのも意味深に感じられて・・・不安です。


クリスマスイブ。153ページの仲良さそうにじゃれ合うふたりが嬉しい。デート中も満面の笑みで
幸せいっぱいのふたり。うん・・・幸せそうなのは嬉しいんだ・・・でももし彼女たちがいずれ(ry
帰宅後、家にあったシャンパンを飲むふたり。定番だけど、これ以上心配させないでくれ・・・w
ふみが「お酒の力を借りて言いますけどあーちゃんが好きです…」と言ったところが可愛かった。
その後のあーちゃんの「しってる!しってるよ!」というコマも。あーちゃんは160ページも可愛い。
酔っ払ったふみは「あーちゃんの好きはわたしと違う気がする、わたしの好きにはちょっとだけ
エッチな意味がも含まれてる」と言い、生クリームをあーちゃんのほっぺたにつけそれを舐め取る。
酔っ払いwwwしかし舐めた時の表情がいやらしいな・・・。そして赤くなったあーちゃんが可愛い。

最後に書かれた「大事なのは臆さないこと 卑屈にならないこと きちんと気持ちを伝えること」。
たしかになぁ。僕は臆してばかりだしいつも卑屈だ。ふみちゃんには僕の分まで強くなって欲しい。
何度も繰り返し書くけど、ずっとあーちゃんと仲の良いままで、いっしょに居て欲しいよ・・・!


今までは比較的年齢の高い恋愛模様が描かれていたけど、あーちゃんとふみは年相応というか、
デートに誘ったりクリスマスの予定を訊いたりするだけで意識してどきどきしてしまうような、
初々しい描写が多くてこれはこれで楽しめた。心情がじっくり丁寧に描かれていて良かったな。
だからこそ!反動がきそうで怖いんだよ・・・あと2巻かぁ、どうなっちゃうんだろう・・・不安。
あーちゃんとふみの「好き」の違い、そしてあーちゃんが感じるふみの恋愛に対する大人な態度、
このへんからすれ違いが起きそうで・・・。面白かったけど、続きを読むのが怖いな・・・。


以上、今は文章を書く気分じゃなかったのだけど、5巻感想の倍の3900字以上になってしまったな。
あと、最後の「若草物語」の登場人物が一人もわからなかった。誰だっけ・・・?検索したけど、
僕と同様に誰か思い出せないという人のブログしかヒットしなかった・・・うーん。それではまた。

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2019年7月6日 ランゲルハンス島の午後 感想

はいこんばんはRM307です。今週は村上春樹のエッセイ「ランゲルハンス島の午後」の感想。
読むのは2、3回目かな?1編2ページで、112ページのうち半分以上は安西水丸さんのイラストです。

みんなで地図を描こう」では、村上さんが他人に場所を教える時に地図を描くのが好きという
お話。書道教室みたいに「地図描き教室」があっても良い、そこで学んだ生徒が会社に入って
地図を描く時に他の人に頼まれるところを想像するとココロがなごむ、という話が書かれている。
このエッセイが書かれたのは1984年。ネットで簡単に地図を参照できる今となっては、もう地図を
描いて説明する場面はほとんど無くなってしまったかもしれないな・・・!そう考えると寂しい。
まぁでもPCやスマホを使わない子どもや高齢者の間ではまだまだ使われているかもしれないな。
自分のはおいといて、子どもの描く自分の街の地図って可愛くて良いですよね。結構好きです。
絵本などに載っている知らない街、架空の街の地図を見るのも好きだったような記憶がある。
村上さんのように実用的な場面では役立たないけど、僕は小学生の頃は架空の街の地図を描いて
ミニカーを走らせたり、中学生の頃はファンタジーな世界地図を描いて妄想したりしていました。
そういうの通ってきた人はきっと多いんじゃないかと思うんだけど、みなさんはどうでしたか?

ONE STEP DOWN」では、名前をつけるのが好きな話。昔ジャズ喫茶をされていた時、
お店の名前「ピーター・キャット」は当時飼っていた猫から名づけたのだという。そうなんだ!
ピーターなんてハイカラな名前ですね。そして「カンガルー日和」も次店舗の候補だったという。
これは結局短編集のタイトルに流用されました。この名前にはそういう経緯があったんだなぁ。
そしてタイトルの「ONE STEP DOWN」はアメリカで出会ったジャズ喫茶の名前で、どういう意味か
気になってドアを開けたら店の中が一段低い作りになっていたという。村上さんはころんだらしいw
文中にもある通り、たしかに店名にするんじゃなくて注意書きを貼っておいて欲しいな・・・w
僕は以前新ブログでも書いた通り、名前をつけるのが得意では無い。タイトルは何かのパロディ
だったり曲名だったり、登場人物は実在の声優名だったりする。別に思いつかないのでは無く、
何となく恥ずかしいから。たぶん「これには元ネタがあるから」と言って逃げられるからだろうな。
七靴君に、自分で考えたものを馬鹿にされたり笑われたりするのが嫌だったのも理由みたいだ。
彼には僕の絵も漫画も考えも行動もずいぶんとこき下ろされました。かなり自己否定が進んだ。

洗面所の中の悪夢」では、日常生活でぼーっとして変な間違いをしてしまう村上さんのお話。
他のエッセイでも書かれていたけど、トイレに行こうと思ってシャワーを浴びてしまったり
(そして尿意がある事に疑問を感じるまでがセット)、ヘアブラシに歯磨きををつけて歯を磨いて
しまったりする事も日常茶飯事、そして歯ブラシにシャンプーをつけてしまった事もあるという。
うん、僕も洗濯物を誤ってごみ箱に放り込んで「あれ?洗濯物が無いな」と探す事があったり
するけど、村上さんほどひどくはないかな!お仕事ではアホなヘマをやらかしたりするけどね。
ヘマの他にも「あの作業をしよう」と思った30秒後には忘れていて、後から思い出す事が多い。
マジで記憶力が無い。十代の頃はちゃんと覚えていててきばき行動していたんだけどな・・・。

ときどきどうして、どういう理由で、どういう経過でそのような癖が猫の頭に生じるのだろうと真剣に考えてみることがある。猫には猫なりの幼児体験があり、青春期の熱い思いがあり、挫折があり、葛藤があったのだろうか?
村上さんが今までに飼った猫の変わった行動や癖などについて書かれた「猫の謎」から引用。
僕もよくうちの猫を見ながら不思議に思う事が多い。人間が同じように育ってもまったく異なる
人間になるように、猫も猫の数だけ性向がある。うちの猫もみんなそれぞれ違ったタイプだった。
以前も書いたかもしれないけど、昔我が家では三つ子の犬も飼っていた(犬の場合は単なる姉妹?)
その子たちもみんな性格が違ったな。臆病な長女、強気な次女、大人しい三女。面白いなぁ。
猫の話で思い出したけど、先日没先生が描かれていたこの漫画の猫の起こし方が良かった。
ご主人を起こす為にこの行動に至った猫、めちゃくちゃ可愛い・・・僕も起こされたい・・・。
今うちで飼っている二匹の猫は声だけで起こそうとするけど、昔飼っていて17歳まで生きた猫は、
自分がふとんの中に入りたい時などは家族の顔を前脚でちょちょいとひっかいて起こしていた。
朝起きて鏡を見ると何本かひっかき傷ができているんだよねwみんな仕方無いなぁと笑っていた。
今思うとそんなに強くひっかかなくても良いような気もするけど、まぁ猫のやる事は可愛いのだ。

ニュースと時報」では、昔ラジオで「7時をお知らせします、失礼しました、8時を・・・いえ、
9時をお知らせします」と間違えたアナウンサーが居て大笑いをした、というエピソードが。
こういうのを聴けたらとても良い気分になるだろうなぁ。もちろん他人の失敗を嘲笑うという
ネガティブな意味合いでは無く。言い間違えた本人やラジオ局としては困っちゃうんだけど、
聴いた人に笑顔と幸せを届けてくれるよね。こういうオアシス的な間違いはぜんぜんあって良い。
もしも今後AIなどが普及して、世の中の物事が完璧に運びすぎるとつまらないだろうな、と思う。

小確幸」には、「独身者を別にすれば自分のパンツを自分で選んで買う男性は周りに居ない」
と書かれていて驚いた。昔はそうだったという事?それとも今もそれが一般的なのだろうか。
先日つばき先生も、お風呂の後にパジャマを出す事についてツイートされていた気がする。
僕は自分で着るものは自分で選びたいなぁ。父も自分で着るものはすべて自分で買っていて、
それが当たり前だと思っていたな。ちなみにここでうちの父の下着事情についてばらすと、
単車乗りだった父は以前バイクで事故をした際に下着を見られて恥ずかしかったという経験から、
それ以降は常におしゃれな下着を履くようになっていた。僕はそっちの方が恥ずかしいけどなw

八月のクリスマス」では、毎年クリスマス・レコードを買わずに後悔していた村上さんが、
八月のバーゲンでまとめて購入したらお店の人に「メリークリスマス」と言われたエピソードが。
こういうのほっこりしますね。日本で言ったら怒るお客さんも居そうでちょっと怖いけど・・・。
お店の店員じゃなくても良いけど、僕もそういうユーモアを持って仕事をできる存在になりたい。

以上、やっぱり2ページの作品だと物足りないですね。次はまた長いエッセイかも。それではまた。

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2019年6月29日 みそピーマン炒め

はいこんばんはRM307です。今は収まったけど、数年ぶりに頭痛がしていた。雨の所為かな。
頭痛、僕の場合は数年に一度あるか無いかだからずいぶんと健康に恵まれているな・・・。

今日バスに乗ったのだけど、また行き先の違うバスに乗ってしまった。反省が生かされていない。
というのも先日も乗り間違えて、しかも初めて行く場所なので終点までまったく気づかなかった。
結局終点からはタクシーに乗り、バス代240円とタクシー代1570円を払う羽目になりました・・・。
以前も書いたかもしれないけど、高い買い物はまだ良い、けど本来払わなくても良かった事に
お金を払うのがとてもつらく(まぁ誰だってそうだろうけど)、かなり後悔を引きずってしまう。
今後は注意しないとな・・・。バス、乗り物としては好きなんだけど路線とか経由地とか難しいよ。

この一ヶ月で作った料理はチーズドリア、レタスとチーズのサンドイッチ、さばのみそ煮ぐらい。
落ち込んでいた時期は毎晩のみそ汁以外まったく料理をしなかった。冷凍食品の日々だった。
サンドイッチはいつも玉子やトマトをはさむのだけど、今回は珍しくどちらも切らしていて、
パンにマヨネーズを塗りレタスとチーズを乗せただけのとてもシンプルなものになってしまった。
でも美味しくて、おなかが減っていた事もあり4枚も平らげてしまった。ちょっと食べすぎだな!
さばのみそ煮には、前回書いた美味しくなかったみそを使った。味がどうなるか心配だったけど、
とても美味しくできたので良かった。母にも好評だった。今後はみそ煮などで使用しようかな。
あと前回作った納豆コールスロー、美味しくて週6で食べています。でもそろそろ飽きてきた。
僕の悪いくせ、気に入ったものを短期間で食べすぎて飽きるというやつをまたやっている・・・。

さて今週の料理回、今回はその美味しくないみそを使った簡単な料理、みそピーマン炒めです。
https://cookpad.com/recipe/4200889

20190629_みそピーマン炒め

完成したものはこちら。みりんとみそが焦げて黒くなっちゃった・・・味は・・・うーん、微妙。
何だか悪い意味で甘酸っぱい。恋ならともかく、このみそとピーマンは合わないようだ・・・。
食べられないほどでは無いけど美味しくなかった。やっぱりみそが美味しくないから駄目か。
ぜんぶ食べたけど、ごはんは進まなかった・・・。みそ煮で消費するしか無いか。それではまた。

Web拍手

2019年6月22日 星川銀座四丁目 新装版下巻 感想

はいこんばんはRM307です。漫画回の今週はは玄鉄絢作「星川銀座四丁目」新装版下巻の感想。
上巻を読んでから2ヶ月以上経ってしまったな。量が1.5巻分あるので少しずつ読んでいました。



【主な登場人物】
乙女(元不登校だった中学生。湊と同居し家事を担う)
(小学校教師。育児放棄状態の両親から娘の乙女を引き取って同居している)
観月(湊の大学時代の同級生。湊の事が好きで世話を焼いている)
かなえ(乙女の通う大学生の塾講師。一時的に乙女を家に住まわせ面倒を見る事に)
(塾の生徒。かなえの事が好きで、彼女の家に住む事になった乙女を警戒する)
日名(湊と乙女の引っ越し先の部屋の下の階の本屋でアルバイトをしている女子高生)


13話で湊とケンカして家を飛び出した乙女は、大学生の塾講師・かなえの家に厄介になる事に。
乙女を見るといらいらして、湊に乙女にもっと厳しくした方が良いと言ったりするかなえの元に
行って大丈夫なの・・・?その上櫻の嫉妬に対象になっているし・・・ととても心配だったけど、
何だかんだ上手くいっていて良かった。家でも勉強を見てくれるかなえも結構優しいなぁ・・・。
一番は乙女の人柄の為せる技かも。もし乙女の親と商店街の人々の間にある問題が無くて、
乙女が不登校になっていなかったら、乙女には今頃たくさん友だちが居たのでは無いか・・・
と思ったけど、24話の高校時ように、結局はその容姿ゆえに周りから妬まれてしまったのかな。
僕の幼稚園からの同級生にもハーフの子が居たけど、誰からも何も言われず馴染んでいたけどなぁ。
いや、容姿じゃなくて、同級生は乙女の強さを、その瞳と魂の輝きを恐れていたのかもしれない。
高校生でここまでしっかりしている子ってそうは居ないものね。そういう部分の妬みだったのかも。

話を現在に戻そう。問題がこじれず乙女が無事に湊の元に戻ってきて良かった。櫻も過剰な妄想と
嫉妬で他人を攻撃してしまうような子じゃなく、物分かりの良い子だったのも救いだったな。
乙女が居ない間、湊は相当つらかったみたいだけど、たまには離れて暮らす期間も必要だ・・・
なんて僕は思わないので、ただただ湊が不憫だった。上巻で、湊は日中乙女と離れるのがつらくて
仕事をさぼって公園で時間をつぶしてしまうぐらいに乙女の事を必要としていたからね・・・。

乙女が戻ってきたシーン、部屋にはお弁当やカップラーメンのごみが。自炊できないからなぁ。
なんでも、乙女に戻ってきて片づけて欲しくて、観月が片づけるそばから散らかしていたという。
「私じゃだめなんだ」と言う観月。ホント損な役回りだなぁ・・・。幸せになって欲しい・・・。
そして自分からぶってと言っておいて、痛かったからといって湊をはたきかえす乙女wひどいw
「それじゃ猪木だよ…」とツッコむ観月。やっぱりこの作者さんはプロレスが好きなのだなぁ。
その夜、乙女に初めて「大人のちゅー」をする湊。長い間離れていて、お互いを求めていて、
よくそれだけで我慢したな!また乙女はどきどきして眠れなかったんじゃないだろうか・・・w

そういえば、櫻と和解?した後のかなえの表情が明るかった。前ページのやりとりのおかげかな?
読解力が無いのでこのへんの意味をよく読み取れなかった。今後このふたりはどうなるのだろうな。


16話、休日に部屋でごろごろするふたり。湊が寝転んだ時の胸のかたちがえっちだな・・・・・・。
湊は乙女に彼女が18歳になるまでセックスはできないと言う。「その頃には31になっている」と
悲しそうに言う湊だけど、31なんてぜんぜん若いじゃん・・・と思うのは僕が年寄りだからか?
その後デートという名のお散歩へ行き、湊は乙女に自由とは自分で落とし前をつける事だと教える。
ただキスできるんじゃなくて、ちゃんとそういう話をしてくれるのは良いな。リスキーな関係だし。

17話、今日もいっしょにお風呂に入っているふたり。ねぇこれってもう実質セックスじゃない?!
まぁ良いや。上巻と比べ、湊は乙女に対してだいぶニュートラルな関わり方をしている気がする。
前までは「誰とも結婚しないよね?」と心配になったり、思わず「乙女とえっちしたい!」と
漏らしたり、乙女にしっかりかじりついている印象だったけど、今はある程度手放せている気が。
家出期間を経て変わったのかな。16話といい、不思議と大人になっている印象を受けました。


湊のマンションは子ども不可で、大家さんから退居を申しつけられるけど、すぐに新しい物件が
見つかって良かった。しかしその下の階でアルバイトをする女子高生の日名は、乙女に一目惚れ。
裏表紙に載っていた子だな!18話で、乙女と話す前に緊張して前髪などを気にする仕草が可愛い。
日名のゲーム目当てで訪れた乙女の、「えへへ…毎度どうも」とごまをするようなポーズもwww
やっぱり同性に片想いをする思春期の女の子って良いなぁ。まぁでも片想いで終わらせてね・・・。

階段で足を滑らせ、思いっきりおしりで乙女の顔を踏んでしまう湊は面白かったw危ないけどw
勢いがあって良いなぁ。おしりと衝突した時の乙女も、顔が見えていないのがシュールで面白い。
その後何となく湊を意識してしまい、行ってきますのちゅーをされてごろごろ転がって喜ぶ乙女。
可愛い。その前のコマの、歩きながら湊の髪をブラシでとかしてあげる乙女のコマも可愛かった。
そして湊の枕の匂いをかぎながら、思わず自分を慰めてしまう乙女。そういう描写もあるのか!
イケナイものを見ている感じがして緊張した。それを見てしまった日名も同じだっただろう。
乙女とふたりっきりで食べるんだ!とケーキを持参してわくわくしていた時に、湊を呼んでいる
乙女を見てしまうのは悲しいなぁ。その後もしケーキを食べたとしても、味なんてしないだろうな。

19話、風邪を引いたふたりは、乙女の提案で裸になってくっつきあって寝る事にする。ふたりは
これじゃ治らないと思いつつ同衾。その後風邪が治っても、湊は裸で寝るくせがついてしまった。
こっそりしめしめとほくそ笑む乙女wこのままエスカレートして裸族にならないか心配だ・・・w

20話、盗聴する道具を自作する日名。はんだごてを使えるのはすごいwというかよく持っていたな。
それを使って湊たちの部屋を盗聴するのだけど、もしバレたらやばいでしょ。度胸があるなぁ。
湊と乙女は自分たちの将来についてきらきらと話をしている。それを聴いて思わず涙する日名。
「私のことなんて話してるわけないんだ…」。わかる、好きな相手に想っていて欲しいよねぇ。
でも乙女はただただ湊との未来を話している。つらくなるよね。僕も日名ちゃん側の人間だから。
その気持ちはわかると思う。別に盗聴はしないけど。いや僕のやっている事も似たようなものか?
この話では、乙女がさくらんぼを口移しで湊にあげる時の「あえう」というコマが可愛かったな。
あと唐突なジャーマンスープレックスの勢いに笑ってしまった。湊先生、いきなりは危ないよ・・・w

湊と乙女の将来の話の中で、結婚もできない自分たちがいっしょに生きていく上では、手に職を
つけた方が良い、その為には四年制大学へ行って・・・などと堅実に話しているのが面白かった。
一般的な男女のように暮らせない事を嘆くんじゃなくて、ふたりはしっかり将来を見据えている。
えらいしすごいなぁ。迷いが無いんだ。それほどふたりにとって共に生きる事はたしかなんだな。

21話でアルバイトを辞めてしまった日名。彼女は乙女に湊の名を呼びながら自慰をしていたところを
見たと告げ、乙女の「自分にできる事なら何でもする」という言葉に、乙女の裸の写真を撮る事、
乙女の身体を触る事を要求する。・・・こんな辺鄙なブログまで読んでくださっている方だったら
ご存知だと思いますが、僕は片想いするキャラ、恋が報われないキャラを応援する事が多いです。
しかしそれは好きな相手とその相手の間に割って入らないから、報われないから良いのであって、
手を出されるのは許せない。アニメ「月がきれい」の村川絵梨さんのキャラでもそうだったけど。
(どう思われているかわからないけど、僕だって自分が割って入ろうと思った事は無い。たぶん)
裸になって抱き合い、号泣する日名も可哀そうだとは思うけど、湊にバレないかはらはらした。
しかしこんな事になってまで、日名とは友だちでいたい、また会おうよと言える乙女はすごいな。

そしてラストでは、湊の元に家庭裁判所からの通知が。それは彼女が望む内容では無かった。
21話と22話の間に挟まれたページの、独りでブランコに乗る湊の様子がせつないな・・・。


家裁の通知により、里子扱いだった乙女は、再婚した乙女の母の元に戻らないといけなくなった。
駆け落ちでもすれば良いという観月に対し、湊は乙女の将来の為にまっとうな方法じゃないと
駄目だと言う。湊は本当に乙女の事を考えていてえらいな。僕はてっきり、湊がこの家裁の決定や
乙女の母親の要求に何とか逆らうんだと思った。実際に、元彼と結婚して乙女を養子にしようと
するぐらい取り乱していたし。上で大人になったと書いたけど、もう二度と乙女に会えないかも
しれないと思うとそうなるか。結局はどうする事もできなかったのがリアルだなぁと思った。
そんな湊に「必ず帰ってくる」と約束する乙女。そして初めて身体を重ねて、別れるふたり。
僕が湊の立場だったら、その約束は嬉しいけど信じられないだろうな。乙女はまだ中学生で、
上巻の感想でも(Twitterや他のブログでも)書いたけど、人の気持ちは変わってしまうものだし。
本当にまたいっしょに暮らせるようになるかわからないのに三年は長すぎる・・・もう永遠だよ。
湊はよく決心がついたな・・・。身もココロもいっしょになった事で、勇気をもらったのかな。
もちろん乙女への信頼と、やっぱり彼女の将来を一番に考えての事だったのだろうと思うけど。

あとこの話では、ナチュラルに乙女の胸を揉む日名に笑ってしまった。自由にやってんな!w
そんな日名だけど、元彼と結婚しようとした湊に対して「乙女があんなに湊を想っているのに!」
と責めたり、それが誤解とわかった後で乙女の母親に対して憤慨したりしていて、少し見直した。
観月と日名の、報われない恋をしている同士のやりとりも良かったな。どちらも幸せになれー!

23話、どうも乙女の携帯の連絡先は親に削除され、湊や日名とは自由に連絡できないらしい。
あんまりこういう言葉は使いたくないんだけど、毒親~!!!まぁ前からわかっていた事だけど。
再婚したらすぐに引き取ったり交友関係を制限したり、子どもは自分の持ち物じゃないんだぞ。
母親も新しい父親も、あんなにしっかりしている乙女の事を何も見ていないんだな、と思った。
ベッドで目を伏せうずくまり、自分の作った料理を食べ乙女の不在を悲しむ湊がせつなかった。

しかし25話、大学生になる乙女が母親に今までの感謝と別れと、もうここには戻らない事を告げ、
去って行った時に崩れ落ちた母親を見ると・・・。どこで間違えてしまったんだろうなぁ・・・。
両親が結婚した時は、乙女が生まれた時は、決してこうなるはずでは無かっただろうに・・・。
僕も自分の両親が離婚した事を今でも残念に思っているので、そういう事を考えてしまうな・・・。

ついに解放された乙女が、浮かれながら階段を降りるシーン、その後盛大にずっこけるシーン、
そして冷静に浮かれすぎたと反省するシーンは面白かったけど、はらはらするなw気をつけて!
せっかく湊の元へ戻れる事になったんだから!そして湊との再開。乙女、背が伸びたな・・・!
下巻の表紙を見た時は少し低いくらいかな?と思っていたけど、もう先生よりも高いじゃん!
乙女はベッドの中で湊に国立大学に受かった事、高校生らしい青春を送らなかった事を話す。
湊といっしょに暮らす為に、いろいろな事を犠牲にして頑張ったんだな・・・すごいぁ・・・。
しかしベッドまでの床に服が脱ぎ散らかされているのがリアルだ。ふたりとも焦りすぎだなw
以前よりも少し痩せた湊。乙女に見られても恥ずかしくないように、と言っているけど、本当は
乙女の居ない寂しさでやつれたんじゃないだろうか・・・。まぁでも、これからは太ると良いよ!

驚いたのが、再会できて良かった、めでたしめでたしじゃなかった事。ふたりにはまだ先があった。

それからさらに数年後、乙女は青森の設計事務所で働いていたようだ。働きながら資格も取り、
独立できるようになったらしい。しかも、どうやらそれは湊の実家?!それにも驚いたけど、
乙女が父を「お父さん」と呼んでいて、湊の母から「あの子の事をよろしく」と言われていて、
両親に認めてもらえているんだ!!!と嬉しくなった。そしてそれもすごいけど、湊は乙女と
また離れて暮らす事を了承したんだなぁ・・・。でも今度は以前ほど寂しくなかったのかも。
多少は成長しているだろうし、母親に引き離されて二度と会えないかもという状況でも無いし。
再会してキスするふたり。「人に見られる」と心配する乙女に対し遠慮しない湊。今度は逆だなw
もう大人だから見られて困る事は無いものね。16話の湊も、この話の湊もどちらも好きです。
「…バカ」と言いながらキスする乙女はカッコ良いw精神的にも大人になった乙女も好きです。
そしてふたりは家に帰ってきた。表札には先生の苗字になった「那珂川乙女」の文字が!あれ?!
乙女の名前の方が先で湊の名前の方が下なんだ。でも嬉しい、ふたりともおかえりなさい!!!

その後乙女が仕事をしていて、湊が食事の準備をしている。ごはんを作れるようになったんだ!w
いろいろな事が変わったけど、相変わらず乙女は湊を「先生」と呼んでいる。それも嬉しかったな。

現実的に大丈夫かな、と心配になるような問題がたくさんあって、ふたりがこれからもいっしょに
いられるだろうかと不安だったけど、お互いがしっかり将来の事を考えて、その夢を実現した。
明日の新ブログの内容とも被っているけど、若い頃の一時のきらめき、美しい思い出じゃなく、
その先の幸せを手にしてくれてすごく嬉しかった。ふたりの努力と強さと信頼を称賛したい!
本当に良かったなぁ・・・。これからもふたりがずっとずっと幸せに暮らせますように・・・。


以上、面白かったです。上巻よりも3400字多い5600字!でも今回は3時間しかかからなかった。
上巻のあとがきに「ステレオタイプに反逆しようと」思い描かれた作品だと書かれていたけど、
たしかにフォーカスするところが一般的な百合作品と違って興味深かったです。それではまた。

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2019年6月15日 村上朝日堂 はいほー! 感想

はいこんばんはRM307です。今回は村上春樹のエッセイ「村上朝日堂 はいほー!」の感想。
読むのは3回目?エッセイは出版した順に読むつもりだったけど、勘違いでこれを借りてしまった。
まぁでも内容を書かれたのは前回のエッセイとわりと近い時期だったので、結果オーライでした。




わり食う山羊座」では、山羊座の血液型A型の占いがいつも芳しくないという話が書かれていて、
「星占いページの担当ライターは山羊座のA型の悪口を書くのを唯一の楽しみにしてやっている
としか僕には思えない」という部分が面白かった。A型について人々が好意的でないのはわかる。
僕もA型なのだけど、昔からよく几帳面だの神経質だの言われてきて、いつも嫌な思いをしていた。
日本にはあまりにも血液型占い信仰が蔓延している。その所為で僕の中にもすっかり刷り込まれて
しまったように思う。血液型が性格を築いたのでは無く、その信仰がねじ曲げてしまったのだな。

これはもちろん個人的な好みの問題だとは思うが、アーネスト・ヘミングウェイみたいに戦争が起こるたびに外国に飛び出していったり、アフリカの山にのぼったり、カリブ海でおおかじきを釣ったりして、それを小説のネタにするようなやり方はあまり僕の好むところではない。そういうのはテレビの「なんとかスペシャル」と根本的には発想が同じじゃないかと思う。そういう風に物を書いていると、だんだんエスカレートして不自然にネタを求めるようになってくる。
チャンドラー式」から引用。僕はまったく観ていないけど、テレビやYouTuberがやっているのも
こういう事じゃない?より過激なものをと拍車をかける視聴者が多いのも問題なのだろうけど。
僕もこのブログを更新する為に本を読んだり料理を作ったりしているのでとやかく言えないけど、
書く為にネタを仕入れるんじゃなくてネタがあるから書く、というのが本来のかたちだとも思う。

日本長期信用銀行のカルチャー・ショック」では、フィクションとノン・フィクションの二つは
まったく別の作業で、ノン・フィクションは現実をフィクショナイズする事、フィクションは虚構を
現実化する事だと書かれている。ああたしかにそんな感じがする!と目から鱗。僕が今まで
ノン・フィクションだと思っていたものはドキュメンタリーだ。ノン・フィクションとは違うのだな。

しかし我々はあまりにも多くのものを求めたので、与えられるものの多くは結果的に類型に堕することになった。類型としての文化を撃つべきカウンター・カルチャーの類型化がおこなわれた。カウンター=カウンター・カルチャーが起こり、カウンター=カウンター=カウンター・カルチャーまでが起きることになった。
ジム・モリソンのための「ソウル・キッチン」』から引用。たしかにそういう事って多いよね。
僕の「百合少女交響曲♪」だってそうかもしれない。類型化された創作物に過ぎないのだろう。
まぁ僕の創作物はカウンター・カルチャーとか革命とか言えるようなものでは決して無いけど。

落下傘」で、村上さんの奥さんが映画を観るとよく「私にとってのこの映画の教訓はね・・・」
と説明を始め、「最初のうちはまったくなんだこの女はと思っていたのだが」と書かれていたのが
面白かったwでもいつしか村上さんご自身も映画から教訓を学ぶ癖がついてしまったのだというw

ひとり旅」では、一人旅をしている女性と出会った時に話しかけるべきか否か、という話が。
話しかけて相手に鬱陶しく感じられたり下心があると思われたりするのも嫌だし、かといって
話しかけずに「退屈しているのに、小心な男ね」と思われるのも嫌だと書かれているのだけど、
昔はそういう時代だったのかな?現代だったら突然話しかけたりしたらかなり警戒されそうだ。
少なくとも、僕は自分から一人旅をしている人に話しかけようとは思わないな・・・性別問わず。

「無人島に一冊本を持っていくなら何か」という質問に辞書と答えている「無人島の辞書」では、
小説家なら自分で話を書けるから得だ、と書かれている。退屈しのぎに官能小説的な文章を書いて
猿に読ませたりね、なんて書いてあるのだけど、その後外国の辞書を持っていくという話題で
もう一度このくだりが出てきて、今度は「フランス語で」と書かれているのが面白いwユーモア。
あと以前他のエッセイだか作品だかに出てきた「どんな髭剃りにもその哲学がある」という格言、
「どんな些細な事でも毎日続けていればそこにおのずと哲学が生じる」という意味なのだけど、
以前も書いたかもしれないけど僕にとってのFAやFAの紹介文がそれかもしれないな、と思った。
あと、村上さんがひげを剃る順番が僕と同じで嬉しかった。それとも一般的な順番なのかな?

ささやかな時計の死」でそういえば、と思ったのが、昔は時計のねじを巻くのが日常だった事。
ねじ巻きは生活の中にしっかりと食い込んだ日常的行為であり、昔はよく時計と目が合ったという。
たしかに電池式の前は手動だったか・・・。思えば僕の父は古い壁かけ式の大きな時計が好きで、
よくねじを巻いていたな。めちゃくちゃ久しぶりに思い出した。昔は大人も子どももねじを巻く事が
当たり前だったから、時計というものは故障した時ぐらいにしか止まらなかった訳か。でも
電池式になり、ある日突然針が止まるようになってしまった。最初は慣れなかっただろうなぁ。
目覚ましが鳴らずに遅刻してした人も多かったかもしれない。便利だけど、一長一短なのだなぁ。

どうして僕は雑誌の連載が苦手なのかということについて」では、せっかちな村上さんが
食後すぐに食器を片づけてしまうので、奥さんが食事の後くらい一息ついて何か話をしたいと
怒るという話が書かれている。これ、すごく羨ましいなぁ。以前パン屋再襲撃」の感想でも
書いたけど、今まで僕と話をしたいと言われた経験がほとんど無いので。僕も僕と話がしたいと
言われてみたいけど、何も無い空っぽな人間だから無理だろうな・・・。しかも村上さんの場合は
当時結婚して15年以上経つのに、まだそんなに仲が良いんだ!と驚いてしまう。良いなぁ・・・。
うちの両親の間には、子どもを挟んだ時ぐらいにしか会話が無かったような気がするので・・・。
父が母に一方的にモラハラをしていた記憶しか無い。世の中には仲の良い夫婦が居るのだな・・・。

CAN YOU SPEAK ENGRISH?」では、アメリカでフィッツジェラルドがモデルの芝居を見に行った
村上さんが、司会者に「フィッツジェラルドの翻訳をやっている村上さんがおいでになっています」
と紹介され、舞台上であいさつと観客からの質問に答えないといけない事になったエピソードが。
これはキツいなwただでさえ会話にも英会話にも苦手意識があるのに、ややこしい専門的な質問に
答えなくてはいけないなんて・・・!しかし村上さんは結構若い頃から翻訳をされていたんだな。
村上さんは何をしゃべったのか覚えていないらしい。実際どんな事を話したのだろう?気になるな。

『スペースシップ』号の光と影」は美しい流れのエッセイだった。村上さんが手に入れた
かなり古いシンプルなピンボール台、それを仕事終わりに黙々と打っていた時の親密な空気、
そして手放す事になり、ピンボール台が引き取られていく時の物哀しい光景、ずっしりとした重さ。
ちなみに「1973年のピンボール」を書いた後の事らしい。てっきり書く前の事だと思っていたな。

貧乏はどこに行ったのか?」では、たまに会う女の子が口をそろえて「貧乏は絶対に嫌だ」、
「結婚はしたいけど生活レベルは落としたくない」と言うけれど、昔はお金の事よりはまず
納得できる生き方をしたいという方が先にきていたと思うと書かれている。僕はその時代を
知らないけど、今はある程度お金がある事が前提になっている気はするな。まぁ偏見ですけど。


以上、字もそこそこ大きかったし、180ページほどで読みやすくて良かったです。それではまた。

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2019年6月8日 ねこまんが 感想

はいこんばんはRM307です。今週は漫画回、今回は没先生の同人誌「ねこまんが」の感想。
以前何度かコミティアで頒布された漫画の再録本です。一部加筆修正と4ページの描き下ろしあり。
僕の感想も、以前匿名でほめて箱などにお送りしたものと追記。あらすじ部分は今回改めて書いた。
(「ねこ兵器」の感想だけは手元にバックアップが無かったので、今回最初から書き直しました)

20190608_ねこまんが
表紙とその手触りがとても良い可愛い一冊。トレーシングペーパー?の遊び紙も豪華な感じで好き。
没先生の描かれる猫は、絵板で初めて見た時から本当に可愛いし猫らしさにあふれていて大好き。
今までにアニメや漫画などで見た事のある猫の絵柄の中で、没先生の描き方がダントツだと思う。


会社員である主人公が飼い猫のニャポとともに出社し、休憩中や仕事の合間に戯れて癒やされる
ねこ出社」、まず長毛種?のニャポがふわふわしていてとても可愛い。どんぐりまなこも至高。
「ニャポッ」という擬音とともにかばんにすっぽりと収まって、主人公といっしょに出社するのが
良いなぁ。電車の社内では大人しく寝ていたり、街中ではかばんから顔を出して鳩を狙ったり。
この興味津々で顔を出すコマと、次の鳩を真剣な眼差しで見ている横顔がとても可愛くて好き。
出勤後はニャポをひざに乗せてお仕事をし、作業が思うように進まず悩む時は、ニャポの身体に
顔をうずめてエネルギーを補充、また仕事に取りかかる。僕も自宅でだけどよく猫に顔をうずめて
深呼吸するので、勤務中にもできたら癒やされるだろうなぁと思った。憂鬱な出勤やお仕事も、
猫といっしょなら耐えられるかも・・・と、ねこ出社が許される会社が羨ましい!と思っていたら、
実はこれは主人公の考えたプレゼンの内容で、上層部に即却下されるというオチだった。残念!w
まぁもしも実際に連れて出社できるようになったら、社内が大変な事になっちゃうよね・・・。
猫にばかり言及したけど主人公の女性もとても可愛く、特に笑顔と電車内での寝起きの顔が好き。
何度も書いているけど、没先生の描かれる黒髪ショートボブは素晴らしい。最高に輝いています。


「久しぶりに夫婦で旅行をするので猫を預かって欲しい、来週そっちに向かわせるから」という
母親からの電話。うちまでは電車二本の距離。猫だけで来る訳が無いよな・・・?という始まりの
ねこ電車」では、二匹の兄妹猫たちだけで電車に乗り、主人公の家に向かう様子が描かれる。
道中虫を見つけて体勢を低くする(あるあるw)妹のモモを先導しながら進む兄のテツ。えらい。
きちんと駅のアナウンスを聞いて目的の車両に乗り、座席では丸まって大人しく寝ている二匹。
この丸まった背中のラインがすごく可愛くて、僕も猫のこういうところ好きなんだよなーと思った。
そしてこの世界の素晴らしいところは、人間用のトイレに猫用のトイレも併設されているところ!
こういう要素はとても良いなぁ。当たり前のように猫たちが社会に受け入れられているんだな・・・
と思っていたら、今度も主人公がみた夢でした。残念!wモモが電車に乗り遅れそうになるところで
目を覚ますの、すごくありそうだ。この時の泣きながら目を覚ました主人公の表情も可愛かった。
二匹がお互いの名前を呼び合っている(「ナーオ」と「ナャーオ」と書き分けてあるのでたぶん)
様子もとても可愛かったな。特に23ページの二匹が好きです。口のかたちが猫らしく可愛くて良い。


人類が核兵器を放棄して30年、猫が「フレイヤ」と呼ばれる猫の脳波で動くパワードスーツに乗り、
戦争の代替手段として活躍する時代。子どもの頃のトラウマで猫が大の苦手な主人公・リョウは、
彼に触れられた猫のストレス値が下がる事からフレイヤを操縦する猫の育成機関で働く事になる。
そこで出会った猫トリスは、トラウマの猫と瓜二つだった――そんなSF要素もある「ねこ兵器」は、
「兵器」とあるけど、猫同士で殺し合いをしたり猫を酷使したりする訳では無いので安心できる。
ルールは「相手の猫じゃらしを多く奪った方が勝ち」というものだし、猫が乗りたくない時は
その意志を尊重し戦いを延期しているし、猫自身も楽しんで操縦しているというデータもある。
人間にしても動物にしても、こうやって相手を思いやる事ができる世界なら素敵だろうなぁ・・・。
ずっと猫を恐れていたリョウだったけど、トリスに命を救われた際にかつての記憶の扉が開き、
実はトラウマだと思っていた事件は猫に襲われたのでは無く、猫に助けてもらったのだと思い出す。
リョウは後悔し、もっと猫の事を知ってみても良いかな、と猫への恐怖を克服していった・・・
かと思ったら、実はすべてライトノベル作家の新連載案だった、というところで終わる。残念!w
ここまで、僕は毎回ラストに騙されている。前回のラストも覚えているのに失念しちゃうのだ。
今回は少しシリアスな内容だったので、全体的な画面作りも少しだけ変えているように見える。
怒っている猫、犬の作画もカッコ良かったな。もちろん猫は可愛く、特に42ページの是と非の猫、
43ページのポルポル言っている猫が可愛かった。リョウの姉の夏海も可愛い。眼鏡に三つ編み!
スタイルの良いスーツ姿や、フリルのチョーカーやついた黒いインナーも結構ぐっときました。


婚活をしているちょっと気難しそうな石垣さん。今回のお相手の伊勢さんという女性は、デートに
遅刻してきただけでは無く、何とバッグから猫を取り出した!冒頭から気になる「ねこデート」は
ねこ出社」のニャポとニャポの飼い主の女性(伊勢さん)が登場します。サンプルを読んだ時に
「ニャポとニャポの人だー!また見る事ができて嬉しい!」と楽しみだった。相変わらず可愛い。
水族館でデートする話なのだけど、表紙の雰囲気からもうとても良い。僕も水族館が好きなので。
そして目を細めて笑う伊勢さんがとても可愛い。頬が紅潮して息を整えているところも好き。
バッグからひょっこり顔を出すニャポ、魚が気になり水槽をスンスン匂いを嗅ぐニャポも愛らしく、
この横顔もとっても猫らしくてキュート。トトロの白いのみたいなデフォルメ顔(しっぽの毛が
逆立っているので驚いている?)や、寝息を立てながら熟睡している平和な寝顔も可愛かった。
水族館を楽しむ伊勢さんとニャポだったけど、石垣さんは複雑そう。どうも楽しめていない様子。
実は彼には子どもの頃に飼っていた魚や猫を死なせてしまったつらい思い出があったのだった。
そんな中、バッグからニャポが居なくなっている事に気づく。僕も街中でうちの猫が逃げたり
居なくなったりして焦る夢を頻繁にみるので、気持ちはわかる。なのでニャポが無事で良かった!
最後、若干顔をしかめているけど、少し嬉しそうにニャポを制する石垣さんが良かったなぁ。

さて、何回も騙された僕だけど、今回は最初に「でもまた夢オチなんだろうな~」と思っていた。
実際に最後は石垣さんが目覚めて、「やっぱり夢だったか・・・」と思ったら、何と石垣さんと
伊勢さんは夫婦で、ニャポもいっしょに暮らしていたのだった!読者の予想も逆手に取る妙技!
これまでのねこシリーズの積み重ねがあった分、騙されてすごく気持ちが良かったし、これは
一気読みじゃなくて毎回読んでいたからこその気持ち良さだなぁ。毎回読んでいて本当に良かった。
夢が醒めてもふたりがいっしょに居てくれてとても嬉しかった。でも伊勢さんが好きだったから
妬けちゃうな!伊勢さんと石垣さんはすごく羨ましいカップルでした。間に居るニャポ効果かも。
そんなふたりと一匹が、これからも仲良く楽しく暮らせますように。そしてまた会えたら良いな!


描き下ろしの「ねこ記録」では、没先生が飼っていた二匹の猫のエピソードが語られている。
めめ、以前Twitterで描かれていたおしゃれな格好をして夢に登場した子か!可愛かったなぁ。
没先生が寝ている間におもちゃを盗るところが可愛かった。そして果物を食べるのか!珍しい。
昔僕の家で飼っていた猫(なみ・♀)も、いりたまごやかぼちゃを食べる面白い猫だったなぁ。
両親はそんな事無かったみたい。そういう嗜好ってどうやって芽生えるのだろう?ふしぎだ。
そしてポッサ、ちびって名前だったのかw思っていたのとぜんぜん違ったw一度夜に逃げ出して、
野良猫に威嚇されて怯えて帰ってきたところが可愛かった。そして現在は18歳なんだ、長生き!
20匹ぐらい飼っていた我が家での一番の長生きも、前述のなみだったな。17歳と356日生きた。
僕の18歳の誕生日に天に召されたのだった。ポッサはもっともっと元気で長生きしますように。


以上、まとめるだけだからすぐ終わると思っていたら、サントラCDを4枚聴く事になった・・・。
やっぱり没先生の漫画は安心感がありますね。今度描く予定の百合漫画もとても楽しみです。
プレッシャーに感じたらすみません。おなかが痛くなりませんように・・・。それではまた。

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2019年6月1日 村上朝日堂の逆襲 感想

はいこんばんはRM307です。今週は読書回、村上春樹のエッセイ「村上朝日堂の逆襲」の感想。
読むのはだいぶ久しぶり、たぶん3回目ぐらい。「村上朝日堂」と比べて1編が倍くらいあります。
村上さんが35~6歳頃に書かれた作品だけど、文章スタイルは今と変わらず読んでいて心地良い。

村上朝日堂の逆襲 (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社
1989-10-25


噂!」では、村上さんが秘密のペンネームを二つ持っていると書かれている。何それ気になる!
基本的に好きな作者さんの文章はすべて読みたいので、こっそり別名義を持っているというのは
非常に困るな!新都社でもそうなんだけど、だからといって全作品に目を通す事もできないし。
以前はよく、実はつばき先生も誰にも教えずにないしょで文芸に新作を投稿しているのでは無いか、
と考えて一人もだもだしていた。もしもそれを後から知ったらめちゃくちゃ後悔するだろうからね。
文章の場合は特に、隠された場合なかなか見つけ出す事はできないので悩ましいところです。
かといって漫画なら楽だという訳でも無く、昔一度おやゆび主任も別名義があると仰っていて、
誰にも特定されておらず、僕も結局見つけ出せないまま新都社を去ってしまわれた。残念だったな。
話が逸れましたが、村上さんの別名義の文章もぜひ読んでみたいですね・・・いつか教えて欲しい。

何故私は床屋が好きなのか」では、当時藤沢に住んでいた村上さんが、引っ越す前の行きつけの
千駄ヶ谷の床屋さんに三週間に一度、片道一時間半かけて切りに行っていた話が書かれている。
それは新しい床屋さんで髪型の細部に至る説明をするのが大変だから(それに説明したとしても
その通り切ってくれるとは限らないから)なのだけど、僕だったら往復三時間はかけたくないw
お金も時間ももったいないし。嫌でも引っ越し先の床屋さんと辛抱強く付き合っていくと思う。
でも髪型の注文にしろ会話にしろ、慣れている人の方がずっと楽で良いというのはよくわかる。
特に会話、一時間弱もの間、他人と一対一のコミュニケーションを取り続けるのはしんどいよね。
あれだけトーク力の高いラジオパーソナリティの鷲崎健さんも、散髪中は一言も発しないらしい。
僕は中学三年生の頃からずっと同じ人に切ってもらっているから、沈黙も苦痛では無いけれど、
もし引っ越したり別の理容店なり美容院なりに移る事になったりしたらと考えると気が重いな。
みなさんは理容師さんや美容師さんとどんな会話をされていますか?そういうの結構気になります。

オーディオ・スパゲティー」では、新発見や新発明に関する不思議について書かれている。
①ある必要があって、
②その必要を充たすための然るべき理論的考察なり試行錯誤なりがあって、
③発明なり発見なりに至る。
この①と③は何とか理解できても、②は難しすぎてよくわからないという話。具体的に書くと、
①映像をテープに簡単に録画できると便利である、
②ムニャムニャムニャ、
③ヴィデオ・レコーダーができた。
という事になる。たしかにわからない。あと最近よく考えていたのだけど、テレビなりPCなりで
収録された番組を観る、これって一種のタイムマシンだよね。過去の姿を今観られるなんて!
そして天気予報という技術は未来予知。どちらもすごい事だよなぁとしみじみ考えてしまう。
現時点では夢物語のような技術も、いつか当たり前のように存在するようになるのだろうか?
未来なんて暗い悪夢のようなものだけど、そういう部分では楽しみな部分もあったりします。

間違いについて」では、夜中にトイレに行こうとした村上さんが間違えてシャワーを浴びて、
その後「あれ、まだトイレに行きたいけど身体の具合がおかしいのかな」と不思議に思う事が
頻繁にあると書かれている。村上さんでもそういう事があるんだなぁ。僕だけじゃないんだ!
僕もよく「あれをしよう」と思って30秒後には何をするつもりだったか忘れてしまったり、
何かを数えている時に話しかけられ、数がわからなくなり最初から数え直したりする事が
しょっちゅうある。まぁ後者は間違いとは違うんだけど、残念な脳をしているという話です。
これは軽めのエピソードだけど、みなさんが引くような間違いもたくさんあるのですよ・・・。

不用物の集積について」では、使わないのにボールペンが大量にあり、でもまだ書けるので
捨てるに捨てられないというエピソードが。たしかつばき先生のだんなさんもそういう物は
捨てずに取っておくと仰っていたような気がする。僕もそういう精神はとてもよくわかると思う。
まぁ僕の場合は身体の芯から貧乏性が染みついているだけなんだけど。でももったいないよね。
僕は以前断捨離をしたのだけど、その数年後に「あれが必要だけどたしかどこかにあったよな」
と思って探したら、断捨離の際に処分した事を思い出してがっかりした、という事があったので、
それ以来なかなか思い切って物を捨てられなくなっている。まぁそのほとんどは不要なんだけど。
ちなみに本はたまにネットで古本屋に買い取ってもらっている。大した額にはならない無いけど。

「うずりゆく」号の悲劇』では、識者から有用なパンフレットを送ってもらって勇気づけられた
村上さんが、お礼状を書こうと思っていたけどずるずると先延ばしにしていたら四年経っていた、
と書かれていて驚いた。そういうのってもし感謝していたら必ず送るものでは無いのだろうか?
僕は相手に送らないと気持ち悪いし、いつまでも引っかかってもやもやしてしまうのだけど。
僕と違ってプロ作家の村上さんなら、何を書いて良いかわからない訳では無いだろうし・・・。
お返事が無い時、僕だったら「お返事をしたくない何かがあるのでは無いか」と考えてしまう。
たとえばFAや長文感想なら、それ自体に何か問題があったり、含むところがあるから返信には
至らないだと思う。もちろん感謝して当然だと言いたい訳では無いんです。ただ、僕の中では
感謝=返信は当たり前のように同時に存在しているものなので、感謝はしていても返信はしない、
という事が上手く理解できないのだ。相手がその時多忙だったりしたらぜんぜんわかるんだけど。
(最初から返信しないスタイルの作者さんは除く。以前は返信されていた作者さんが対象です)
理解できないので、返信が無い場合はこちらに落ち度があったと考えるのは当然の帰結になる。
繰り返すけど、FAや感想には返信、感謝するべきだと思っている訳では無いのです。伝わるかな?
こないだ某所でいただいたコメントでは、いまいち伝わっている自信が無かったのだけど・・・。

グッド・ハウスキーピング」は、村上さんが若い頃に半年間だけ主夫をされていたエピソード。
こうしてみると世間一般では「主婦的」と考えられている属性のうちの多くのものは決して「女性的」ということと同義ではないように僕には思える。つまり女の人が年をとる過程でごく自然に主婦的な属性を身につけていくわけではなく、それはただ単に「主婦」という役割から生じている傾向・性向にすぎないのではないかということである。だから男が主婦の役割をひきうければ、彼は当然のことながら多かれ少なかれ「主婦的」になっていくはずである。
この部分で、以前つばき先生がリツイートされていたこの漫画を思い出した。性差では無く役割。
https://www.gentosha.jp/article/12204/(現在は有料記事になっているみたいです)
僕も母よりも洗濯物の干し方に細かくてこだわりがあるけど、これも役割の話なのかもしれない。

山口昌弘さんという知人について書かれている「山口下田丸くんのこと」で面白かったのは、
村上さんのジャズバーで働いていた時は駄目だった山口昌弘さんが周りから褒められていたので、
そこで先日ためしに山口昌弘に引っ越しを手伝ってもらったのだが、やはりぜんぜん役に立たなかった。十年前とちっとも変わっていない。そしてやはり僕の判断が間違っていなかったことが証明された。
と実証しちゃったところがおかしかった。最後の一文が良いですねwひどいけど結構好きです。
その後にちゃんと「しかしもちろん山口昌弘は悪い男ではない。」とフォローもされていますw

久しぶりに千葉から東京に住む事になった「バビロン再訪」では、専業作家になる前の人々が
仕事を終えて家族も寝た夜中の台所で小説を書く「キッチン・テーブル作家」についての記述が。
その中で、「風の歌を聴け」と「1973年のピンボール」にも少し触れられている。この作品の時は
一日に1、2時間しか書く時間が無かったので、断片の寄せ集めのような小説になったとの事。
たしかにこの二作と専業作家になってから書かれた「羊をめぐる冒険」は大きく違うように思った。
初期の作品から感じた違和感はそれか。そういう生活環境も作品に大きく影響していたのだな!

13日の仏滅」では、結婚前に占い師から「これはひどい組み合わせですね」と言われた話が。
その後に「結婚してみてから本当にひどい組み合わせだということが判明したわけだが」と
書かれているのが面白いwでもそれで結局四十年以上いっしょに生活しているのだからすごい。
他人と何十年も共に仲良く暮らせるなんて・・・。あと、最後の方のこの部分も好きだった。
僕は個人的にはあえて仏滅に結婚式をあげるようなタイプの人々を好んでいる。「仏滅だろうが何だろうが俺たちはうまくやるんだ」という信念があれば何だってうまく行くはずだ――という気がする。責任は持てませんけど。

趣味の禁煙」に書かれている、村上さんの禁煙のノウハウについてのこの部分も面白かった。
こっちは辛い思いをして禁煙しているのだから、何もおとなしく良い子にしている必要はない。普段は言えないようなことも禁煙のイライラを利用してどんどん言っちゃうのがいちばんである。(中略)人と人のつきあいというのはそれくらいのスリルがないことには面白くもなんともない。
禁煙しているのは本人の問題であって、他人は関係無いじゃないかw当たられた方は損だよw
何ともひどい話のような気もするけど、でも村上さんは奥さんに当たったりはしないからえらい。

雑誌の楽しみ方」に書かれている、多くの似たり寄ったりの雑誌が出版されている状況での、
「いったい誰に午後四時半の薄闇と午後四時三十五分の薄闇を区別することができるだろう?」
という部分もクールな表現で良いな。僕ももし機会があったら漫画の中とかで引用しようっと。

以上、内容を忘れていた部分も結構多く、なかなか楽しめたので良かったです。それではまた。

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2019年5月25日 納豆コールスロー

はいこんばんはRM307です。何を書こうかな。ああ先日台湾で同性婚の法制化が実現されたそうで。
めでたい。何より国民性が素晴らしいと思う。遅れている日本も早く見習ってもらいたいものです。
日本同様に地震や台風が多い国ではあるけど、日本よりも良い国だと思う。移住しても良さそう。
ただ言葉を勉強するのがめんどくさいからな・・・。まぁ日本がいよいよ駄目になったら考えよう。

この一ヶ月に作ったものはたまごサンド、野菜サンド、チーズドリア、ホットケーキぐらい?
ああ、先月作った鶏むね肉のマヨ豆板醤炒めもまた食べた。美味しかったな。母にも好評だった。
あと母の日に、去年作ったガトーショコラをまた作りました。前回は牛乳を入れたけど、今回は
豆乳で作った。でも変わらず美味しかったです。母も喜んでたくさん食べてくれたので良かった。
それと先月書き忘れていたけど、4月5日には久しぶりにヨーグルトのチーズケーキも作っていた。
ホットケーキミックスと混ぜるだけなのでかんたん。やっぱり美味しかったな。母も喜んでくれた。

あと最近ずっとこの美味しいみそでみそ汁を作っていたのだけど、たまには違う味にしたくなり
他のメーカーの赤みそを買ってみたら、ぜんぜん美味しくなくてがっかりした・・・でもこれを
使い切らないとなぁ。もっと少量で買えて、味を食べ比べる事ができたら良いんだけど・・・。

さて今週の料理回、今回は聖城先生がリツイートされていた「納豆コールスロー」を作りました。
最近きゃべつの千切りと納豆の味に飽きていたので・・・。こちらも混ぜるだけで簡単ですね。
きゃべつの千切りは六年前から毎日夕食で食べているけど、コールスローというものは初めてだ。
ちなみにからしは入れずに作りました。家に無かったのと、子ども舌でからしが苦手なので・・・。

20190525_納豆コールスロー
完成したものはこちら。作ったは良いものの、本当にきゃべつと納豆が合うのだろうか・・・?
味は・・・おお、これは美味しい!食べ慣れていた事で気になっていた納豆のクセのような部分が、
マヨネーズでマイルドになっている気がする。上手く言えないけど。どんどん箸が進む美味しさ。
ねばねばなきゃべつの舌触りも味も良い感じ。きゃべつと納豆の相性、意外と良いのだな・・・!
しばらく毎日食べてしまうかも。良い料理とめぐり会えました。聖城先生に感謝!それではまた。

Web拍手

2019年5月18日 青い花5巻 感想

はいこんばんはRM307です。今週は読書回、今回は志村貴子先生の百合漫画「青い花」5巻の感想。
5巻はすぐ読むかもみたいな事を言っておきながら、また二ヶ月ぶりに読む事になってしまった。
でも全8巻なので、このペースだと年内に読破できそう。早くも読み終わるのがもったいないけど。
3巻の感想:http://rm307.blog.jp/archives/78078877.html
4巻の感想:http://rm307.blog.jp/archives/78693186.html

青い花 5巻 (F×COMICS)
志村貴子
太田出版
2010-02-18


【主な登場人物とその関係】
あーちゃん(いつも明るく元気な主人公、幼なじみのふみから好きだと言われて困惑する)
ふみ(あーちゃんの幼なじみ。千津ちゃんに失恋後、杉本先輩と付き合って振られる)
井汲さん(あーちゃんの友人。杉本先輩に片想いしていた。演劇祭では主演女優に)
大野さん(あーちゃんの後輩、コミュ力おばけの新入生。姉が山科先生と付き合っている事を知る)
上田さん(クラス替えであーちゃんと同じクラスになった、演技の上手い図書部。演劇祭では男役)
杉本先輩(各務先生への想いを捨てられずふみちゃんと付き合うが後に振る。卒業して留学中)
千津ちゃん(以前ふみと付き合っていた実の従姉。結婚して子どもが生まれて帰郷する)
康ちゃん(井汲さんの許嫁。井汲さんの事が好きだが、彼女に婚約解消を申し出る)
(あーちゃんを溺愛するシスコン兄。ふみの友人のモギーと付き合う)
山科先生(あーちゃんたちの学校の先生。大野さんの姉と交際中)
各務先生(演劇部の顧問。杉本先輩が片想いしていた相手。杉本先輩の姉と結婚した)

登場人物が増えたなぁ。一応短く正確にまとめているんだけど、これを読んでいる人は居ないか?


杉本先輩のお姉さんのところへ絵を習いにきている井汲さん。まだ杉本先輩の事が好きみたい?
だよね、井汲さんの性格だったらそうそう忘れられないよ。わりと僕に近いキャラかもしれない。
その次の井汲さんのドレス姿、素敵!メイクも映えるなぁ。気づいていなかったけど結構美人だ。
すでに「京子様」という敬称がw杉本先輩も居なくなったし、ここからモテそうだわ・・・。
学校ではクールでしっかり者な井汲さんだけど、許嫁の康ちゃんの前ではリラックスしている。
「えーー」とか「帰るのめんどくさい」とか、学校の友人たちが見たら結構びっくりしそうだ。
しかしそんな彼女は康ちゃんから婚約解消を持ちかけられる。井汲さんが自分に愛情が向けて
いない事をずっと感じていて、それでも好きだったけど、もうはっきりさせる事にしたんだな。
以前も書いたけど、好きなのに別れるってつらいよ。でも今のままでもつらいのか・・・うーん。

4巻でふみに好きだと言われたあーちゃん。肉体関係も含む好意だと言われて今も困惑している。
そこで上田さんにそれとなく相談する。え、上田さんで良いの・・・?彼女何か怖いんだけど。
会いづらさを感じていたあーちゃんだったけど、ふみとちゃんと会ってその事をいろいろ話した。
ふみは「あーちゃんが嫌がるような事は絶対にしないから、友だちでいさせて」と言います。
でもこの話の最後で「好きな人にはふれたい キスをしたいし 抱きしめたいと思う」という
モノローグが入る。だよねぇ・・・。でもあーちゃんと友だちで居る為にはそれができない。
一見矛盾しているように見えるけど、どちらも間違っていない思いなのだよなぁ。難しい・・・。
あれからふたりはお泊まり会もしなくなってしまったらしい。やっぱりぎくしゃくするよなぁ。
うう、ふたりには仲の良い友だちで居て欲しいよ・・・。この関係は元通りになるのだろうか?


その後いよいよ劇が始まる。井汲さんの憂いを帯びた瞳が素敵だ。原作の「鹿鳴館」については
何も知らず、登場人物もセリフもよくわからなかったのだけど、劇のシーンは退屈せず読めた。
井汲さん、演技が上手だ。そしてここから劇の合間に井汲さんの回想がちょくちょく挟まれる。
康ちゃんに帰りたくない、家に居たくないと言う井汲さん。そして婚約解消しないでと言う。
しかし康ちゃんは「家を出たいから? そこまで都合のいい男にはなれない」と言うのだった。
その次の井汲さんの表情、2巻でふみと別れた杉本さんに会いに行って、彼女から「次は自分が
つきあえると思った?」と言われた時の反応に近いような?康ちゃんにも見透かされていたか。
婚約解消にはそういう部分もあったのだな。この先本当に康ちゃんが報われて欲しいよ・・・。
そして幼い頃の井汲さんも描かれる。3巻の感想でも書いたけど、小さい井汲さん可愛いなぁ。
その中で、以前から意味ありげだった母親についての問題も登場する。離婚と宗教かぁ・・・。

劇中には、「私の中にはこの歳になっても一人のどうにもならない子供が住んでいるのです
というセリフが登場する。これ、1巻で杉本先輩が各務先生に書いた手紙と同じ内容だな!
それに対して井汲さんの役は「その子供を大切になさらなければなりませんわ」というセリフを。
こちらも意味ありげだなぁ。井汲さんはたぶん杉本先輩の手紙の内容は知らないんだよな・・・。
彼女の心境とは真逆なセリフであるように感じたのだけど、実際のところどうだったんだろう?
劇の後、各務先生もこのセリフを反芻していた。いろんな人に刺さる題材だったのだな・・・。
井汲さんがメインだったので彼女にばかり触れたけど、演技するあーちゃんも可愛かったです。


次の章ではふみの幼い頃のエピソードが描かれる。そして従姉の千津ちゃんの子どもの頃も。
にこやかで明るい千津ちゃん。ふみはそういうところに惹かれて、彼女と付き合ったのかなぁ。
回想が終わり、千津ちゃんはふみが女の子を好きである事を聞き、「そっち側のひと」になった、
それをしたのは自分だと、そして自分は「そっち側」には行けないと泣く。なぜ泣いたんだろう。
ふみに対して申し訳無いと思ったのかな。そんな彼女を見つめる虚無感のあるふみも印象的だ。

そして次の巻では夏休み、友だちも誘って大勢で大野さんの祖父の旅館で過ごす事になるらしい。
前回は井汲さん家の避暑地だったな。夏休みイベント良いですね。今度はどんな事が起きるのか。
その上、杉本先輩も留学先から帰省するらしい!やったー思っていたより早い再登場で嬉しい!
でも髪が伸びて王子さまぽくなくなった先輩、可愛くない!短い方が似合っていたのになぁ。
でもまた会えそうなのは楽しみ。井汲さんの先輩への想いにも決着がつくと良いんだけど・・・。


以上、今回はあまり書く事が無いなと思っていたけど、前回と同じ量になったな。それではまた。

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2019年5月11日 村上朝日堂 感想

はいこんばんはRM307です。今週は読書回、今回は村上春樹のエッセイ「村上朝日堂」の感想。
読むのはたぶん五年ぶりで3、4回目。一つの話につき2ページという事もあり、書く事が少ない。
エッセイも短すぎるものより、やっぱりある程度ページ数があった方が楽しめるし書きやすいな。

村上朝日堂 (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社
1987-02-27


蟻について(1)」は、巣穴を掘る蟻が掘った砂を穴の入り口から遠くに捨てに行く話で、
中には穴の入り口の横にぺっと捨ててしまう蟻も居ると語られている。それについて村上さんが
でも考えてみれば、誰も彼もが砂粒を遠くまで運んでいかなきゃいけないということはないわけで、まんべんなく砂をばらまくという観点から見れば、入口の近くにひょいと砂を捨てていくのがいてもちっとも構わないのである。
と書かれていて面白かった。たしかにそうだwでも蟻はそこまで考えて捨てているのだろうかw
よく不思議に思うけど、あんなに小さな身体の中に複雑な巣穴を把握したり道を覚えていたりする
能力が備わっているなんてすごいですよね。まさに生命の神秘。小さくても計り知れないなぁ。

とかげの話」では、とかげについて「よく見ているとちょっとシャイなところもあって」と
書かれている。たしかに可愛いけど、どのへんがシャイな感じなのだろうwこちらも面白い意見。
ちなみに、しっぽの切れたとかげは仲間内からいじめられる、縄張りも半分に減らされてしまうと
科学雑誌に書いてあったとあるけど、検索したところ、そもそもとかげは群れて行動しないし、
そこまでの高度な知能は無い、という意見もあった。どちらが正しいのだろう?少し気になる。

略語について(2)」では、社会が複雑化・多様化した事でわからない略語が増えたとある。
その中で「アメリカン・グラフィティ」という映画に登場する略語の話について書かれている。
I・D・なしにお酒を買いにいくシーンがある。テリー君は通りがかりのおじさんに「僕実はこのあいだ洪水でI・D・を失くしちゃいまして……」と言ってかわりにお酒を買ってくれるように頼むわけだが、おじさんがそれに答えていわく「そりゃ気の毒にね、俺も女房を失くしたんだ。でも名前はアイディーてんじゃないけどさ」。
これはたしかに面白いですねw今では当たり前だけど、「ID」が通用しない時代もあったのだな!

あとこのエッセイのイラストが安西水丸さんなのだけど、巻末には逆に村上さんがイラストを、
水丸さんがエッセイを書かれたおまけも載っている。水丸さんの文章もなかなか読みやすかった。


以上、引用が多くて感想は少なかったですね。書く事は無いけどいちおうどれも面白かったです。
小説を読んでインプットする体力と意欲が無いので、次回もまたエッセイかも。それではまた。

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