はいこんばんはRM307です。今週は村上春樹のエッセイ「ランゲルハンス島の午後」の感想。
読むのは2、3回目かな?1編2ページで、112ページのうち半分以上は安西水丸さんのイラストです。

みんなで地図を描こう」では、村上さんが他人に場所を教える時に地図を描くのが好きという
お話。書道教室みたいに「地図描き教室」があっても良い、そこで学んだ生徒が会社に入って
地図を描く時に他の人に頼まれるところを想像するとココロがなごむ、という話が書かれている。
このエッセイが書かれたのは1984年。ネットで簡単に地図を参照できる今となっては、もう地図を
描いて説明する場面はほとんど無くなってしまったかもしれないな・・・!そう考えると寂しい。
まぁでもPCやスマホを使わない子どもや高齢者の間ではまだまだ使われているかもしれないな。
自分のはおいといて、子どもの描く自分の街の地図って可愛くて良いですよね。結構好きです。
絵本などに載っている知らない街、架空の街の地図を見るのも好きだったような記憶がある。
村上さんのように実用的な場面では役立たないけど、僕は小学生の頃は架空の街の地図を描いて
ミニカーを走らせたり、中学生の頃はファンタジーな世界地図を描いて妄想したりしていました。
そういうの通ってきた人はきっと多いんじゃないかと思うんだけど、みなさんはどうでしたか?

ONE STEP DOWN」では、名前をつけるのが好きな話。昔ジャズ喫茶をされていた時、
お店の名前「ピーター・キャット」は当時飼っていた猫から名づけたのだという。そうなんだ!
ピーターなんてハイカラな名前ですね。そして「カンガルー日和」も次店舗の候補だったという。
これは結局短編集のタイトルに流用されました。この名前にはそういう経緯があったんだなぁ。
そしてタイトルの「ONE STEP DOWN」はアメリカで出会ったジャズ喫茶の名前で、どういう意味か
気になってドアを開けたら店の中が一段低い作りになっていたという。村上さんはころんだらしいw
文中にもある通り、たしかに店名にするんじゃなくて注意書きを貼っておいて欲しいな・・・w
僕は以前新ブログでも書いた通り、名前をつけるのが得意では無い。タイトルは何かのパロディ
だったり曲名だったり、登場人物は実在の声優名だったりする。別に思いつかないのでは無く、
何となく恥ずかしいから。たぶん「これには元ネタがあるから」と言って逃げられるからだろうな。
七靴君に、自分で考えたものを馬鹿にされたり笑われたりするのが嫌だったのも理由みたいだ。
彼には僕の絵も漫画も考えも行動もずいぶんとこき下ろされました。かなり自己否定が進んだ。

洗面所の中の悪夢」では、日常生活でぼーっとして変な間違いをしてしまう村上さんのお話。
他のエッセイでも書かれていたけど、トイレに行こうと思ってシャワーを浴びてしまったり
(そして尿意がある事に疑問を感じるまでがセット)、ヘアブラシに歯磨きををつけて歯を磨いて
しまったりする事も日常茶飯事、そして歯ブラシにシャンプーをつけてしまった事もあるという。
うん、僕も洗濯物を誤ってごみ箱に放り込んで「あれ?洗濯物が無いな」と探す事があったり
するけど、村上さんほどひどくはないかな!お仕事ではアホなヘマをやらかしたりするけどね。
ヘマの他にも「あの作業をしよう」と思った30秒後には忘れていて、後から思い出す事が多い。
マジで記憶力が無い。十代の頃はちゃんと覚えていててきばき行動していたんだけどな・・・。

ときどきどうして、どういう理由で、どういう経過でそのような癖が猫の頭に生じるのだろうと真剣に考えてみることがある。猫には猫なりの幼児体験があり、青春期の熱い思いがあり、挫折があり、葛藤があったのだろうか?
村上さんが今までに飼った猫の変わった行動や癖などについて書かれた「猫の謎」から引用。
僕もよくうちの猫を見ながら不思議に思う事が多い。人間が同じように育ってもまったく異なる
人間になるように、猫も猫の数だけ性向がある。うちの猫もみんなそれぞれ違ったタイプだった。
以前も書いたかもしれないけど、昔我が家では三つ子の犬も飼っていた(犬の場合は単なる姉妹?)
その子たちもみんな性格が違ったな。臆病な長女、強気な次女、大人しい三女。面白いなぁ。
猫の話で思い出したけど、先日没先生が描かれていたこの漫画の猫の起こし方が良かった。
ご主人を起こす為にこの行動に至った猫、めちゃくちゃ可愛い・・・僕も起こされたい・・・。
今うちで飼っている二匹の猫は声だけで起こそうとするけど、昔飼っていて17歳まで生きた猫は、
自分がふとんの中に入りたい時などは家族の顔を前脚でちょちょいとひっかいて起こしていた。
朝起きて鏡を見ると何本かひっかき傷ができているんだよねwみんな仕方無いなぁと笑っていた。
今思うとそんなに強くひっかかなくても良いような気もするけど、まぁ猫のやる事は可愛いのだ。

ニュースと時報」では、昔ラジオで「7時をお知らせします、失礼しました、8時を・・・いえ、
9時をお知らせします」と間違えたアナウンサーが居て大笑いをした、というエピソードが。
こういうのを聴けたらとても良い気分になるだろうなぁ。もちろん他人の失敗を嘲笑うという
ネガティブな意味合いでは無く。言い間違えた本人やラジオ局としては困っちゃうんだけど、
聴いた人に笑顔と幸せを届けてくれるよね。こういうオアシス的な間違いはぜんぜんあって良い。
もしも今後AIなどが普及して、世の中の物事が完璧に運びすぎるとつまらないだろうな、と思う。

小確幸」には、「独身者を別にすれば自分のパンツを自分で選んで買う男性は周りに居ない」
と書かれていて驚いた。昔はそうだったという事?それとも今もそれが一般的なのだろうか。
先日つばき先生も、お風呂の後にパジャマを出す事についてツイートされていた気がする。
僕は自分で着るものは自分で選びたいなぁ。父も自分で着るものはすべて自分で買っていて、
それが当たり前だと思っていたな。ちなみにここでうちの父の下着事情についてばらすと、
単車乗りだった父は以前バイクで事故をした際に下着を見られて恥ずかしかったという経験から、
それ以降は常におしゃれな下着を履くようになっていた。僕はそっちの方が恥ずかしいけどなw

八月のクリスマス」では、毎年クリスマス・レコードを買わずに後悔していた村上さんが、
八月のバーゲンでまとめて購入したらお店の人に「メリークリスマス」と言われたエピソードが。
こういうのほっこりしますね。日本で言ったら怒るお客さんも居そうでちょっと怖いけど・・・。
お店の店員じゃなくても良いけど、僕もそういうユーモアを持って仕事をできる存在になりたい。

以上、やっぱり2ページの作品だと物足りないですね。次はまた長いエッセイかも。それではまた。