はいこんばんはRM307です。読書回の今週は村上春樹のエッセイ「日出る国の工場」の感想。
読んだ気になっていたけど読むのは初めてだった。まだ読んでいない昔のエッセイがあったとは!
地元の図書館には置いてなかったので、存在を見落としていたようだ。内容は工場見学です。
(人体模型工場、結婚式場、消しゴム工場、農場、コム・デ・ギャルソン、CD工場、かつら工場)
僕も新卒で入った会社を退職して資格を取りに行く前の短い期間、パン工場で働いた事があったな。
あれは相当ひどい職場だった・・・いろいろ詳しく書きたかったけど、もうだいぶ忘れちゃったな。

日出(いず)る国の工場
村上 春樹
平凡社
1987-03-01


まずは京都の人体模型工場、ここでは彩色を熟練した職人が一つ一つ施している。営業の人は
そんなに凝らなくても、教育標本として足るものを作ってくれればそれでOKだと言うのだけど、
現場の職人は現場のプライドがあって、もしそんな事を言われたら逆に凝っちゃうものらしい。
僕は仕事は好きじゃないので、手を抜いて良いものなら抜いて楽をしちゃうだろうけど(無責任)、
もしFAでそんな事を言われたら、この職人のように意固地になっていつも以上に丁寧に描くと思う。
早く正確に彩色する研究をしている美術工芸部門に習いに行ったり、自分たちの技術を他人に
教えたがらない年配の職人たち。多くの職人がそうであるように、後継者不足が問題になっていた。
このエッセイが書かれたのは30年以上前の事だけど、今のこの部門はどうなっているのだろうな。
いろいろな人体模型(動物の模型もある)やその解説が書かれていて、わりと面白かったです。


次は結婚式場。これは工場では無いけど、結婚式を挙げる夫婦とブライダルプランナーの会話が
まるで工場を流れるベルトコンベアのようによどみ無く書かれている。ほとんど感情が含まれず、
料理のコースや衣装、招待状の枚数まで細かく打ち合わせていくのだけど、これが結構面白い。
以前も何度か書いたけど、「エルマーの冒険」でエルマーが家を出る前に旅支度をするシーンで、
所持品を一つ一つ羅列していく部分がなぜかとても好きなので、この会話もなかなか楽しめた。
まぁ僕は華美な披露宴を鼻で笑う性格の悪い人間なので、「貧弱なのは嫌だから高いコースで」
とか「みんなやっているなら」という理由で無駄に浪費している様子には呆れちゃうんだけど。
そんな価値を見出している訳でも無い、見栄を張る為だけの選び方ってくだらなくないですか?
少なくとも僕は巻き込まれたくないなと思った。まぁどうせ結婚式を挙げる事は無いんですけど。
そういう意味では、つばき先生の結婚式の準備やプレゼントを自分たちで作った話は良かったな。
以前もお伝えしたけど、あのエピソードはブログとかに書いてみんなで共有できた方が良いと思う。
ちなみにこのエッセイに書かれている夫婦の婚礼費用は270万円。へー。まぁ何も言いませんが。


次は消しゴム工場だけど、これは読んでいて面白くなかった。村上さんも同行した編集者さんも
工場の仕組みがわからず真っ青になっていたからかもしれない。混乱している様子がよくわかった。
担当者に説明された編集者さんの「しくしく」というセリフが繰り返されているのは面白かったなw


次に小岩井農場。小岩井は小岩井さんがやっている訳では無く、小野さんと岩崎さんと井上さん
という明治時代の名士が集まって作ったからこの名前になったんだね。ぜんぜん知らなかったな。
主に乳牛についてのお話。僕は数年前まで、乳牛というのは常に母乳が出るものだと思っていた。
でも実際は牝牛に妊娠・出産を繰り返させ、常に母乳が出る状態にしているのだと知って驚いた。
よくよく考えれば当たり前なんだけど、まったく考えもしなかったな・・・。かなり残酷なんだ。
乳の採取は五、六産までで、ピークに達した十歳前後で処分されるそうだ。種牛も同様に十歳。
そもそも牡牛のホルスタインの場合は、生後20ヶ月程度で肉牛として処分されるとの事だった。
その種牛も、毎日違う牝牛と交尾させられるイメージだったけど、実際は「擬牝台」と呼ばれる
牛用のダッチワイフと行為をさせ、精液を採取するのだという。な、何という人(牛)生・・・。

農場の人からはホルスタイン牛は「経済動物」と呼ばれている。効率的に乳を出す為だけに存在し、
その目的にかげりが生じたら処分され、加工肉用になる。牧場だって「資本投下=回収」という
原理によって進行している一つの経済体に過ぎない、牛はただ原料の役割と果たしているだけで、
原料さえと思わなくなってしまったら原理そのものが揺らいでしまう事になる、と書かれている。
村上さんのように僕も農場には牧歌的なイメージを持っていたけど、実際はシビアだった・・・。
僕はわりと生き物(虫とかはアレだけど)が好きなので、こういう仕事はできないだろうな・・・。
でも「残酷」とも書いたけど、そのおかげで僕は生きていられるのだ・・・。人間は罪な生き物だ。
あと僕は牝牛しか知らなかったけど、ホルスタインの牡牛ってかなり大きいんだね。びっくりした。


服飾メーカー「コム・デ・ギャルソン」の工場は自社のものでは無く、委託している小さな町工場。
気の良い職人さんやその家族がいっしょになって丁寧に作っている様子が伝わってきて良かった。
作業をしながらデザイナーの意図を発見できたり、どんなものになるか楽しめたりしているようだ。
刺激を楽しめる人はそういう仕事は良いだろうなぁ。僕なんかはルーティンワークで良いんだけど。

あと興味深かったのは、「80年代後半を動かす新しい理念の多くは、60年代に見受けられた理念に
その源を発しているのでは無いか」という話。水面下で進行していたものの表出と時を同じくして、
「60年代世代がそれを商品化する権限を持った地位にのしあがっていた」という。なるほど面白い!
ちょっと話が違うかもしれないけど、最近のポケモンの「メガシンカ」を思い出した。発売当時
ポケモンをプレイしていて、「僕の考えた最強のポケモン」を描いていた子どもたちが大人になり、
開発する側になった事で実現した新しい概念。たぶんその他にもそういう流れは多いのだろうな。


次はCD工場。ここではCDを知らない人に対してCDとは何かという説明が書かれている。今でこそ
当たり前の存在で誰も疑問を抱かないけど、当時はまだそういうレベルだったんだな・・・!
ただ「当たり前」と書いたけど、僕にその原理を説明する事はできない。知らないのと同じだな。
CDはその表面のミクロの凹凸をレーザーで読み取る。わかりやすくすると、野球場の砂一粒一粒を
読み取るのと同じだという。そんなにすごい事をやっていたのか・・・!しかも30年以上前から!
自分の生まれる前の事って教科書レベルの大昔に感じてしまうから、こういう時とても不思議だ。
当時からそんな技術があったんだ、技術者さんってすごいね・・・なんて言うと怒られるだろうか?

あとここでは村上さんのインタビュー観についても書かれていた。相手に従うままの小学生の
見学では記事は書けない、相手の邪魔をしたり迷惑をかけたりするぐらいじゃないと状況の芯が
見えてこないというところもあるので、相手が気を悪くするような質問もわざとしてみる事もある、
わからないところは根掘り葉掘り何度も訊く、見たいところは時間をかけてじっくり細かく見る、
しゃべりたがらない事も挑発してしゃべらせるとの事だった。なるほど、これも真摯な姿勢だ。
僕も2回作者さんへのインタビューをした事があるけど、こんなに突っ込む事はできなかったな。
まぁ僕は本業じゃないので良いんだけど。いや、つばき先生には結構踏み込んだ質問をしたか。


最後はかつら工場。この工場が「ねじまき鳥クロニクル」の笠原メイが働いていた場所らしい
(Wikipediaより)。なので読めて良かったです。読んでいてメイからの手紙を思い出しました。
興味深かったのが、アデランスではまずカウンセリングをするという話。かつらをつける事への
罪悪感・抵抗感を消す、他人を欺く事では無くて自分の意識をリフトアップする為の作業なのだ、
という事を納得させるのだという。アフターケアも含めて、きめ細かいサービスをするのだなぁ。
僕の父も祖父も禿げていたので、僕もいつか禿げるのかなぁ、嫌だなぁ・・・と思いながら読んだ。
母方の祖父のようにかつらをつけたいけど、めんどくさがりなので結局つけない気もする。高いし。
祖父もかつらをつけていて、いろいろと苦労したのだろうか。もう訊く事はできなくなった。


以上、あまり書く事が無いかなと思ったけど3000字か。まぁ内容の解説がほとんどだったけど。
普通のエッセイの方が好きだけど、これはこれで楽しめたので良かったです。それではまた。