はいこんばんはRM307です。今週の読書回は村上春樹のエッセイ「やがて哀しき外国語」の感想。
読むのはたぶん3回目。村上さんがアメリカに三年住んでいた時のエピソードが書かれています。

やがて哀しき外国語
村上 春樹
講談社
1994-02-18


一年限定で(結果的には一年半に延ばした)アメリカのプリンストンに住む事になった村上さん。
湾岸戦争により愛国的高揚感が、アメリカの不景気からアンチ・ジャパンの機運が高まっていて、
その中に身を置く事は居心地が悪く、周りに棘のようなものを感じて当時は気を張っていたとの事。
それまでのエッセイとは違い、最初の方はまじめでどちらかというと少し暗いテーマを扱っていて、
いつも通りのエッセイのつもりで気楽に読もうとしていた僕はちょっと居住まいを正してしまった。
日本とアメリカの違いも書かれていて、でもだからどちらの国の方が優れているという話では無く、
それぞれの国の抱えている問題や、内包するジレンマについても書かれている。結構難しかった。
僕は頭が悪いのでそれらに対し感想を書く事ができない。今まで通り気になったところだけ書く。

プリンストン――はじめに」で村上さんは「僕はどちらかというと、字を書きながらものを考えて
いく人間である。文字に置き換えて、視覚的に思考する方が楽な事が多い。」と書かれている。
僕自身、頭で考える事がすごく苦手な人間で、文章として書いて初めて考えがまとまる事が多い。
僕が言うのはおこがましいけど、なので村上さんが仰っている事は何となくわかるような気がする。

大学村スノビズムの興亡」では、日本の流行やカルチャーについて「文化的焼き畑農業」とある。
本来なら豊かで自然な創造的才能を持っているはずの創作者が、時間をかけてゆっくりと自分の創作システムの足元を掘り下げていかなくてはならないはずの人間が、焼かれずに生き残るということだけを念頭に置いて、あるいはただ単に傍目によく映ることだけを考えて活動して生きていかなくてはならない。これが文化的消耗と言わずしていったい何と言えばいいのか。
今から三十年前に書かれたものだけど、日本はこの頃から変わっていないんだな・・・と思った。
よっぽど売れている人たちを別にして、商業作家もこうならざるを得ないところがある気がする。
せっかくの才能なのにもったいないよね。日々新しいものを求める消費者も悪いのだろうか・・・。
そういう意味では、好きなだけ自分の創作を追求できるアマチュア作家の方が楽なのかもしれない。
純粋な意味での創作活動。僕が新都社作品に惹かれていたのもそういうところだったりするのかな。

アメリカ版・団塊の世代」の人種問題の、『六十年代のように「法律上の差別が撤廃されて、
人種間の機会均等が実現されれば、何もかもうまく行くんだ」といったオプティミスティックな
見解を単純に信奉しているような人間はもうどこにもいないと言っていいだろう』という部分で、
同性愛者の問題もそうなのかなぁと思った。先日台湾で同性愛者同士の結婚が可能になったけど、
差別が無くなって当たり前のように生きていけるようになるのにはまだ時間がかかるのかな、と。
日本ではまだ結婚すらできないので、本当に彼、彼女らが生きやすくなるのは相当先なのだろう。
やれやれ、21世紀になってもう18年も経つんだぜ、それなのに・・・と思わず首を振ってしまう。

誰がジャズを殺したか」に書かれている、村上さんがレコード屋の前で時間を尋ねられて
「四時十分前だよ」と答えた後に「TEN TO FOUR」というレアなレコードを見つけた話、これは
東京奇譚集」でも書かれていたけど、こちらは買った後に時間を尋ねられて答えたとなっている。
村上さんの記憶違いのようだ。どちらが正解なんだろう?まぁどちらにしてもすごい偶然だけど。

元気な女の人たちについての考察」の、アメリカで奥さんを紹介するのが難しい話も興味深い。
主婦と答えると相手の顔がこわばり、個人的な編集者兼秘書のような仕事をしていると言っても
物足りない顔をされ、写真をやっていて本を出した事があるという話をするとようやく納得される。
本来であれば、夫の仕事は秘書に任せ、妻は自分のキャリアを積むべき仕事を、あるいは自発的に
自分の中から出てきたボランティアのような作業をするべきなのだ、そうする事によって、妻は
夫の影から抜け出して、初めて精神的な自立を得る事ができるはずだ、という認識が多いらしい。
男女は平等だし、夫婦も対等なのが良いと僕も思う。だけど、アメリカではその価値観が逆に
がっちりと人を縛っている事があるんだな、と思った。「自由な国」といってもいろいろあるんだ。

あと、人前で翻訳した作家の名前を挙げた時に、必ず女性から「男性作家ばかりなのは意図的な
ものなのか、なぜ女性作家の作品を翻訳しないのか」と質問されると書かれていて、四年前に
七靴君にいくつかの女性作家の小説の話をしたら「女性好きすぎだろ」と言われた事を思い出した。
僕も村上さん同様、男性女性を意識して読んだ事は無いし、結果的に女性作家の作品の話が
多くなってしまっただけだった。七靴君はこういう偏った見方をする事が多くて嫌いだったな。

運動靴を履いて床屋に行こう」では外国の床屋事情が語られている。ひどいカットが多いらしい。
その中で出会ったロンドンの、「他の床屋は頭を使っていない者が多いが自分にはそれができる、
日本人には日本人に向いたヘアカットがある事をわかっているから君はラッキーだよ」と言った
自信満々の床屋さんが、実際はかなりひどくてむちゃくちゃな仕上がりになった話が面白かった。
僕は15歳の時から十年以上同じ床屋さんで髪を切ってもらっているのだけど、毎回「前髪は長めに
残してください」と言っても短く切られてしまう事が多い。申し訳無いので、切られすぎた後に
「ちょっと短いですね」とも言えないし、よく家に帰った後に鏡を見てはため息をついている。
床屋さんと僕との間で「長い髪」の認識が違うのかとも思ったけど、年に2回くらいはちゃんと
長く残してもらえるので、結局よくわからない。正確に何センチと指定しないといけないのかな。
会話も気を遣いますよね。それについては村上朝日堂の逆襲」の感想で書いたので割愛。

さらばプリンストン」では、アメリカの引っ越し業者の話が。相当ひどいところが多いらしい。
家具がめちゃくちゃになったり荷物を紛失されたり、そもそも約束の日時に業者が来なかったり。
村上さんは「この三日のうちどれかに来るよ」と言われたらしい。三十年前だからだよね・・・?
ちなみに我が家が今の家に引っ越した際は、業者さんに頼まず、父が借りてきた大型トラックに
荷物や家具を積み込み、新しい家に運んだ。五往復はしたな。めちゃくちゃしんどかった・・・。
冷蔵庫は横にすると壊れる為、斜めにした状態で運ばないといけなかったのが一番つらかったな。
二度とやりたくない・・・。やっぱり高い費用がかかっても引っ越し業者さんに頼むのが一番です。

以上、他にも面白い話はいくつかあったけど、感想としては短くなるのでここには書きません。
読み始めた時はどうなる事やらと思ったけど、だんだん楽しんで読む事ができたので良かったです。
あと「ヒップな」という表現がたびたび登場して、「岡村靖幸だ!」と思いました。それではまた。

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