はいこんばんはRM307です。読書回の今週は小野不由美作「図南の翼」の感想。十二国記第5作。
月の影 影の海」から約90年前、供王珠晶が王を目指して昇山する黄海でのお話。番外編。
シリーズの中ではかなり好きで、「月の影 影の海」と同じくらい読み返している。3、4回目くらい?



【あらすじ】
前供王が崩御しすでに27年。恭国の荒廃は進み、首都連檣にも妖魔が蔓延るようになっていた。
裕福な商家に生まれた珠晶は、昇山しない周りの大人たちに業を煮やし、12歳にして決意する。
自ら昇山し天意を諮り、王になる――と。しかしその道程は、決して容易いものでは無かった。


謎に満ちた妖魔の棲む土地、黄海。当たり前の鳥や獣が居ない、妖魔や妖獣には牡しか居ない、
その仔を見かける事も無く、野木も見つからない。不思議だなぁ。もっと黄海の事を知りたい。
珠晶が初めて目にした金剛山の大きさに肌が粟立つシーンは、ぜひアニメで観たいなぁ・・・。
ここ良いシーンですよね。その後すぐに騎獣の白兔が盗まれちゃうのが悲しいんだけど・・・。
そして同じ門は一年に一度しか開かない。外の人々を守る為に門の中で警戒する兵士たちは、
一年に一度しか外の世界へ帰る事ができない。つらい仕事だな・・・僕には絶対務まらない。
そうして門が開き昇山者が訪れる時は、それを狙った妖魔と戦い亡くなる人も居る。つらい。
こんな危険な世界を一月半以上も、命の危険と隣り合わせで通り昇山しないといけないなんて
ひどいシステムだな!麒麟が自分から王を探しに行けば良いのに・・・と思っちゃうな・・・。

「家生」という、食住を保証される代わりに一生主人に仕えて働かないといけない人々の存在も
悲しい。着るものは年に二度主人からもらえる布だけ、逃げないように給金をもらう事も無い。
婚姻もできないし子どもも持てない。旌券を割らされるから戸籍も無くなる。死ぬまで家生。
そんな人々の幸せって何だろう?と考えてしまうけど、安全な家、とりあえずは飢えない食事を
保証してもらえるだけ良いのかなぁ・・・日本と違って戦乱や飢え、妖魔の襲撃もある世界では。
でもそれに疑問を持ち、恵まれた生活をしながらも荒廃が許せず昇山した珠晶はとても良いなぁ。
いきなり最後に飛ぶけど、「あたしばかり大丈夫なんじゃ寝覚めが悪いじゃない」。カッコ良い。

昔、荻原規子作品に登場する活発な女の子の主人公たちが大好きだったので、初めて読んだ時は
すぐに珠晶に惹かれた。ただ最初は、恵まれた環境で育ったゆえの高飛車な少女という印象で、
もちろん資質はあるんだろうけど、本当に王に足る器量なのだろうか?という疑問もあった。
お嬢さま育ちというところから、傲慢にも見える強気な態度や小賢しく感じるところもあって、
常に自分の王としての資質に疑問を持っていた陽子に対し、珠晶は最初から「自分が王になる」
と宣言し、王になる事に疑問を持っていないように見えたので。そんなところに危うさも感じた。

でも後にそれは違う事がわかる。恭国のどこかに王が居る。なのに大人たちは他人事で昇山せず、
王がいかに大変か、黄海がいかに危険か、珠晶がお嬢さま育ちで知らないから言えるんだと笑う。
それが許せなくて蓬山を目指した。それが恭国の民としての義務を果たす事だと思って。えらい。
終盤になって初めてわかるのが良い。決して自分が王の器だと驕っていた訳では無かったんだ。
そうやって頑丘犬狼真君に対して泣きながら訴えるシーンが好き。ここもアニメで観たいなぁ。

まぁそんな大人たちの言っている事もわかるんだけど。自分が王に選ばれると思う人間なんて
ほとんど居ないと思う。それなのに命を落とすかもしれない危険な黄海を征き、徒労に終わると
しか思えない昇山をしようなんて自分だったらできない。もちろん国民全員がそれだと王は
現れないし、珠晶が世間知らずだと笑い自分たちは知っているという態度もまずいと思うけど。

そもそも供麒が珠晶の前の王を見つけられなかったのが問題だよなぁ。ちゃんと恭国を回って
探したのだろうか?麒麟としての寿命もそろそろ尽きようかという歳だったし、ぎりぎりだよ。
そして、なぜ王を死なせるかもしれない昇山なんて危険なシステムになっているのだろう?と
首を傾げながら読んでいたけど、これは恐らく必要な過程なのだろうなという事は理解した。

襲撃が欲しいタイミングで妖魔が現れ、それが頑丘や他の剛氏に仕業だと珠晶が誤解した時、
頑丘は「俺を雇ったお前の為に俺がやった事は、お前が自分を守る為にした事に等しい」と言う。
利公も、「王は国の為に血を流す事も命じる。臣下が王の為に命じれば、責任は王にかかる」
と言った。蓬山へ行くのは、王になるというのはそういう事なのだと。なるほどなぁ。そして
後に何万の民を救うには今数人の犠牲を払う事も必要だ、それを覚悟して進まないといけない。
それを身を持って経験する必要があるんだなと・・・いう事かと思ったけど、それだけじゃない。
利公は「それは王を欲する世界の理屈、その世界を統べる王はその理屈を踏み越えなければ
ならない」と言う。臣下の理屈を超え、迂回せず進み随従たちを守りながら妖魔を狩った珠晶は
まさに超越した者だったのだ。ここ、非常に説得力があって上手い説明だし面白いですよねぇ。

季和が見捨てていった随従たちの元に戻り、彼らを導いて先に進む珠晶はカッコ良かったなぁ。
ここで読者も珠晶の王気を感じるんだよね。塞ぎ込んでいる彼らに「蓬山に着けば何とかなる、
これだけの人間が餓死していたら麒麟も参るから、お付きの女仙が何か恵んでくれるだろう、
帰りの荷がもらえなかったら蓬山に居座ってやろう、見捨てる主人より麒麟に仕える方が良い」
という説得もすごいし面白いw朱厭を狩る時には、率先して自分が囮になったのもすごいなぁ。
もしも朱厭が玉に酔わなかったら自分が死んでいたところなのに。12歳なのにすごい度胸だ。

そんな珠晶も、朱氏の頑丘とは衝突してばかりいた。その後の展開を知った状態で読んでいると、
「頑丘の行動にはちゃんと意味と理由があるんだよ!」と珠晶の言動はらはらしてしまったなw
利公が「君は幼い」と言うシーンがあるけど、12歳だもの仕方が無いよ!と思ってしまった。
まぁ玉座を望む人間ならそのままでは駄目だという事なんだろうけど。家生の恵花に対して
「安全な家の中で寝られて飢える事無く食べられるあんただって恵まれている」と言ったのも
どきっとしたwこれは貧乏を嘆いていた僕自身に言われたような気がした事もあるんだろうけど。

でも最初から言っている事は筋が通っていたんだよね。少年に「一人で帰るのが怖いのか」と
からかわれた時も、「供も無しに歩いたらお供の方が叱られる」と反論したり、毎日食べる事に
困っている人が居る中で自分が食べたくない理由もちゃんとあったりして。道理もわかっている。
騎獣が盗まれた時も、落胆はしつつも荷物を持ってきてくれたりいっしょに探したりしてくれた
民衆にちゃんとお礼を言うのがえらい。黄海の専門家である頑丘への「物見遊山じゃないのよ、
ここが黄海ってわかってる?」という発言はすごいけどw利公じゃないけど笑うよこれは・・・w

犬狼真君に対しても結構不遜にも取れるような態度を取っていた。たしかに大物だよな・・・w
今作で「東の海神 西の滄海」の更夜が犬狼真君という神仙の一人になっていた事が
わかるのだけど、これ、当時の読者さんの反応を知りたかったなぁ。やっぱり驚いただろうな。
もし当時インターネットが今のように普及していたら、きっと大騒ぎだったんだろうな・・・。
犬狼真君が被っていた布を外したタイミング、以前読んだ時はどうしてここに挟まれたのか
わからなかったのだけど、名前を明かしたタイミングで頭髪の色の描写をする為だったんだな。
そして以前彼が妖魔に六太の名前をつけたように、更夜の名前を駮につけるという珠晶を
微笑ましく思ったのか軽く笑うのも良いシーン。ただ一つわからなかったのが、「怪我人がいる、
わたしがいない、だから妖魔が来ない」の意味。どういう事・・・?どなたか教えてください!

頑丘とぶつかり、一度はケンカ別れもする珠晶だったけど、剛氏を雇うのはどういう事なのか
だんだんわかっていく。この過程や設定が上手いなぁ。面白い。季和、紵台とのやりとりも良い。
「目の前に居る困った人を見捨てるのがひどい事なら、目の前に居る人が将来困る事を承知で
何かをねだるのも同じくらいひどいという事になりはしない?」という珠晶のセリフも良いなぁ。

怪我をした頑丘を支えながら、王が駄目だったら頑丘の弟子になり、上手くいったら頑丘が
自分の臣下になると提案した珠晶。これ、この後どうなったのだろうなぁ。本当に臣下になって
いたら嬉しいな。今までどの国やっていなかった、荒廃に備え、妖魔から身を守る術を知っている
黄朱の力を借りる。これめちゃくちゃ良い案だよね。珠晶が実行に移していたら良いな・・・。
何より、ずっと珠晶と頑丘、利公の関係が続いていたらとても嬉しい。もっと彼女たちの歩みを
読んでいたかったな・・・。短編で良いから、いつか三人のその後の話を読めたら良いなぁ・・・。

あとエピローグ、宗皇后の明嬉宗麟昭彰の事を「昭彰は身体が弱いから」と表現していたのが
ただのお母さんぽくて面白かった。宗王一家も良い関係だよね・・・「華胥の幽夢」にある短編を
読むのが今から楽しみだ。宗国がこれからもずっと平和で、いつまでも繁栄していくと良いなぁ。

「黄朱の気持ちは黄朱にしか分からない。(中略)それは事実だけれども、同時に理解を拒絶する言葉でもある。理解を拒絶するくせに、理解できない相手を責める言葉だ。」
最後に、利公の印象に残ったセリフを引用。僕もこういうふうに他人を責めている事、あるなぁ。
誰も自分の気持ちなんてわからないんだ、というと思春期の子どものようなので言わないけど、
僕は未だに他人をココロから信じる事ができないでいる。理解してもらえると思う事ができない。
何度も書いているけど、一生そうやって独りなんだろうな・・・。嫌だけど、どうしようも無い。


以上、やっぱり面白かったですね。4時間、3800字も書く事になるとは思わなかったけど・・・。
そういえば、つばき先生は当時利公のどのへんが好きだったんだろうな・・・?それではまた。

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