金魚ちゃんの晴耕雨読☂

読んだ本や漫画の感想を書いたり作った料理の記録をしたりするブログ。

読書

2019年10月12日 青い花7巻 感想

はいこんばんはRM307です。今週は漫画回、今回は志村貴子作「青い花」7巻の感想。もう終盤。
前回から3ヶ月空いてしまったな。全8巻なので次で完結。読み足りない!もっと読みたかった!
3巻の感想http://rm307.blog.jp/archives/78078877.html
4巻の感想http://rm307.blog.jp/archives/78693186.html
5巻の感想http://rm307.blog.jp/archives/79156982.html
6巻の感想http://rm307.blog.jp/archives/79634959.html

【主な登場人物とその関係】
あーちゃん(進級して落ち着いてきた?主人公、幼なじみのふみと付き合う事になったが・・・)
ふみ(あーちゃんの幼なじみ。何度かの失恋の後、初恋だったあーちゃんと付き合う)
井汲さん(あーちゃんの友人。杉本先輩に片想いしていた)
康ちゃん(井汲さんの許嫁だったが、婚約解消を申し出た。でも井汲さんの事は変わらず好き)
大野さん(あーちゃんの後輩、姉が山科先生といっしょになった事を複雑に思う)
山科先生(あーちゃんたちの学校の先生。家族を説得して大野さんの姉と同棲する)


まずは髪が伸びた井汲さん。可愛い!こちらの方がだんぜん似合っている。表紙もすごく良いし。
以前短くしていたのは杉本先輩の影響だったっけ。彼女が前に進み始めた事を表しているのかな。
「康ちゃんやさしいから」という言葉に「好きだから必死なんだ 昔から」と答える康ちゃん。
そしてその言葉を聞いて泣く井汲さん。どういう涙なんだろうな・・・僕にはわからなかった。
以前から感じていたけど、この作品は僕には難しすぎる。僕のキャパシティを超えている・・・。
キャラの心情を表しているコマや、ちょっとした所作などから意味を把握できないのだ・・・。
頭が良い人はもっと楽しめるんだろうな・・・と思うと、悲しいやら申し訳無いやらで・・・。
まぁ人間関係が複雑という事もあるんだけど。だって京子のお母さんが、会いたがっていた
康ちゃんを見つめるコマとか、その前の流れと合わせると康ちゃんが好きなのかよ!複雑!!!
こんなぐちゃぐちゃでややこしい人間関係の中に身を置いていた井汲さんがとても不憫だ・・・。

幼い頃の井汲さん、以前も書いたけど可愛いなぁ。にっこり笑顔が子どもっぽくてすごく良い。
そしてこれも以前も言及したかもしれないけど、石(いしとゆうら)先生の絵柄に似ているな。
親から決められた許嫁という立場をとりあえず受け入れていた訳では無くて、康ちゃんの事が
大好きだったのだなぁ。康ちゃんが寡黙だから、井汲さんの方が想いが強かったように見える。
「そんな人より京子の方がずっと康ちゃんのこと好きなんだから」とか「わたし康ちゃんじゃ
なきゃいや」とか、お熱い!良いなー!そして僕もそんな事を言われてみたい人生だった・・・。

そして中学生でセックスも済ませていたのか。幼い頃からいっしょで、何度も好きだと伝えて、
ずっと好意を寄せていてこんなに大好きだったのに、井汲さんは杉本先輩と出逢い好きになった。
自分から気持ちが離れていくのを感じた康ちゃんはつらかっただろうな・・・よく耐えられたな。
あんなに好きだと言葉や態度で示してくれた人が別の人を好きになるんだよ?!しんどすぎる。
僕の場合は恋愛ではぜんぜん無いけど、過去に好意?を寄せてもらっていた人に恐らく嫌われて、
温度が消え興味を持たれなくなった事がこんなにも悲しい。どうしても耐えられなかったので、
結局こちらからの気持ちを切るしか無かった(今週までの話。5月頃絵板に書いた事とは別件)。
恋愛じゃなくてもすごくつらいのに、ふたりの場合は幼なじみの許嫁。だけど康ちゃんは違った。
今だって井汲さんへの気持ちは変わっていない。すごいなぁ。カッコ良い!僕にはできない!
以前も書いたけど、康ちゃんの想いが報われて欲しい。最後のつないだ手から希望を見出したい。

井汲さん関連のエピソードだと、井汲さんのファンの子が井汲さんが写った写真をあえて落とし、
声をかけてもらっていっしょに写真を撮るという流れが良かった。3ページなのに良い百合だ。
その写真を見て「オレの京子…」→「おまえのじゃねー」というツッコミも実際にありそうw


そして進級したあーちゃんは演劇部の部長になっている!すごい!てっきり井汲さんだと思った。
あーちゃんにキスした事があるかと問われ盛大にずっこける井汲さん。まぁたしかに中学生で
セックスまでしていた彼女にとっては、あーちゃんの質問がとてもピュアに思えたかもしれない。
その前にあーちゃんが下級生を見て「小学生か」と独りごちたコマがあるのが効いていますねw
キリッとしている大野さんは可愛いなwでもお姉ちゃんと山科先生の事で複雑そうな様子だった。
あとたしかに僕も「ダルタニアン」と「ダルタニャン」のどちらが正しいのか迷った事があったw
3歳当時のあーちゃんの、バレエを断った次のコマの後ろ姿も可愛い。こういう表現好きだなぁ。

そんな楽しい流れから、「雰囲気を楽しむ、そういうのが結構心地良い」という何気無い会話で
ふみの事を連想してしまったあーちゃん。ふみに「あーちゃんのしたいことしたい」と言われても
何も返す事ができなかった背中もせつない。やっぱりあーちゃんは同性愛者じゃないから・・・。
ああ、嫌だなぁ。ふたりの事は好きだったけど、だから付き合って欲しくなかったんだよ・・・。
もしこれで別れたら、もうあの時のような仲良しの親友に戻れないじゃん・・・つらいよ・・・。
正直ふみちゃんが恨めしい。あーちゃんに想いを伝えないで欲しかった、というのは身勝手かな。

でもふみちゃんの気持ちもすごくよくわかるんだよ・・・言わずにはいられない、期待せずには
いられないんだ。「…ダメ!!好き!!大好き!!」のコマでもすごくよく伝わってくる・・・。
このコマにめちゃくちゃ良いな。自分の想いを止められない、大好きな気持ちがあふれてくる。
実際恋しているとそうだよね。しかし、そんな幸せそうなふみちゃんの表情とは対象的に・・・。
ポンちゃんが書いた、ふみをモデルにしたコンクールのシナリオでは、主人公がこう言っている。
「しかし彼女は違いました」、「私は彼女の愛を見つけられるでしょうか?」ふみちゃん・・・。

けれどここでは終わらない。ふたりは一線を超えたようです。セックス・・・なのかな・・・?
正直女性同士のセックスが何をするものなのかよくわからないのだけど、たぶんそうだと思う。
最終巻、どうなってしまうんだろう・・・。まぁ手元にあるのでいつでも読めるんだけど・・・。
でも怖くて読みたくないな・・・終わってしまうのも寂しいし・・・まぁでも今年中に読みます。

あと姉と山科先生の関係に悩んでいた大野さん、お姉ちゃんに忘れ物を届けてもらったコマの
「ありがとうお姉ちゃん…」を見たところ、少しはすっきりした感じかな。劇のダルタニャン役に
受からなかった事でも気落ちしていたけど、これからまた明るい大野さんを見られると良いな。
まぁ残り1巻しか無いので、彼女の描写があるかどうかわからないんだけど・・・。それではまた。

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2019年10月5日 月の影 影の海 下巻 感想

はいこんばんはRM307です。読書回の今週は小野不由美作「月の影 影の海」下巻の感想。
上巻を読み終わった後と連休中に読んでいました。下巻は楽しくてするする読めちゃったな。
上巻の感想:


【あらすじ】
負傷と体力の限界から行き倒れた陽子は、ねずみの姿で人語を解する半獣の楽俊に拾われる。
頭の切れる楽俊から、海客である陽子は雁国へ行く事を勧められ、ともに旅立つ事になった。
しかしまたしても妖魔に襲われる陽子。妖魔を屠るも、傷を負い倒れた楽俊を前に逡巡する。
楽俊は自分が雁国へ行く事を衛士に話さないだろうか、戻ってとどめを刺すべきだろうか、と。
一度は楽俊を見捨てて逃げた陽子だったが、陽子自身が人を信じる事と人が陽子を裏切る事は
関係無いと気づく。ついに蒼猿を退け、雁国に渡った陽子は、そこで楽俊と再会したのだった。

やっぱり楽俊が登場すると心底安心するなぁ。前回も書いたけど僕はアニメから入ったので、
鈴村健一さんのお声を聴くだけで「楽俊だ」と嬉しくなってしまうくらい楽俊が好きだった。
「悪い海客は国を滅ぼすと言われた」と言う陽子に対し、あっさり「迷信だ」と言った時や、
自分が来た蝕の被害が大きかった事に陽子が心を痛めていた時の蝕についての説明、
陽子が楽俊を見捨てて逃げた後に再会した時の「逃げて良かったんだ、捕まったらどうする、
逃げろと言って財布を渡せば良かった」というセリフなど、さらっと言えるのが本当にすごい。
楽俊にしてみれば当たり前の事を言っているだけなのかもしれないけど、こちらまで救われる。
たぶん同情される訳では無く、当たり前のように言ってくれるのがとてもありがたいのだよな。
「おいらは陽子に信じてもらいたかった。だから信じてもらえりゃ嬉しいし、信じてもらえなかったら寂しい。それはおいらの問題。おいらを信じるのも信じないのも陽子の勝手だ。」
このセリフもすごいなぁ。漫画やらブログやら絵板やらでも書いたけど、僕は「自分の言葉が
相手に届かない」と悩む事が多い。今でも。どうしたら楽俊みたいに考える事ができるだろう。
相手に直接伝えはしないけど、僕はやっぱり信じて欲しいと願ってしまう事が多いなぁ・・・。
相手の自由を尊重できていない。まぁ落ち込んでしまうのも仕方が無いと言えばそうなんだけど。
だってしょうがないよ、相手が好きなんだもの。そうやって開き直るのは良くない事だろうか?
「お人好しなんだ、楽俊は」
「そうかもな。だとしても陽子を見捨てて危険じゃないところにいるより、陽子といっしょに危険なところに行くほうが自分にとって値打ちのあることだと思ったんだ」
「まさか、こんなに危険だと思ってなかったでしょう?」
「だとしたら、おいらの見込みが甘かったんだ。それはおいらのせいで陽子のせいじゃねえ」
このやりとりも素晴らしい。僕だったら後悔したり、相手を恨めしく思ったりしてしまうかも。
七年前、僕という重くて厄介な存在を抱え込む事になってしまったつばき先生に謝罪した時、
つばき先生が「仕方の無かった事だと思う。ネガティブな意味じゃなくてね」と仰っていた。
何だかその時の事を思い出してしまった。僕もまた、つばき先生の優しさに救われていたのだ。

半獣を嫌悪する塙王の所為で働く事が許されず、高等教育機関にも通えなかったのにも関わらず、
「主上は悪い王じゃないけど少しばかり好き嫌いが激しい」と無下に批判しないのもすごい。
言葉の端々からも感じられるけど、やっぱり巧国が好きだったのだなぁ。貧しいし、職にも
就けないけどずっと住み続けていた訳だし。塙麟が失道と聞いた時も相当ショックを受けていた。
僕は日本に住み続けているけど、決してこの国を愛してはいないかもなぁ。言葉さえ通じれば、
どこへ行ったって良いと思っている。日本に住む事を選択しているというより、ただの妥協だ。

話を戻そう。楽俊の元に戻ろうとして、陽子が「楽俊を殺さなくて良かった」と涙するシーン、
「月の影 影の海」の最大の名場面ですね。アニメでは毎回ここでぽろぽろ泣いてしまう。
裏切られても良い、裏切った相手が卑怯になるだけ、裏切って卑怯者になるよりずっと良い。
ずっと前に、母とこの話の録画を観ながらごはんを食べていた事があった。当時母は職場の
人間関係で悩んでいて、そんな時にこのセリフを聞いて気持ちが楽になったと言っていたな。
ひとりでひとりで、この広い世界にたったひとりで、助けてくれる人も慰めてくれる人も、誰ひとりとしていなくても。それでも陽子が他者を信じず卑怯にふる舞い、見捨てて逃げ、ましてや他者を害することの理由になどなるはずがないのに。
この部分の「ひとり」の繰り返しも良いなぁ。読んでいて、孤独が伝わって泣きそうになった。

文章でいうと、8ページの「村人か、獣か、妖魔か。いずれにしても選択肢が増えるだけで、
結果が増えるわけではない」や、236ページの「自分を卑下して満足してるんじゃない」が好き。
後者は、子どもの頃に観て「そうか!僕がやっているのもただ卑下して満足しているだけだ!」
とはっとした事があったな。あと七年半前にもはてなダイアリーの記事で一度使った事がある。
それと「畢竟」という言葉はこの作品で知って、当時意味がわからず辞書を引いた思い出が。

意味がわからないといえば、楽俊が陽子に子どもが宿る木「里木」を見せに行ったシーンで、
陽子はうなずき、ふとした疑問を感じたが、あまりにはしたない質問なので訊ねるのは思いとどまった。遊郭があったりするのだから、まぁそういうことなのだろう。
この部分がどういう事なのか、初めて読んだ子どもの頃はわかっていなかったなwと思い出した。

もう何度も親しんだ作品なので、この後のストーリーに関しては今さら語る事は出てこないかな。
なのであらすじも途中までにしました。面白い作品なのでぜひ読んでいただけると嬉しいです。

以上、とても面白かったです。楽俊が登場して得られるカタルシスは、他のどの作品と比べても
比較にならないほど大きくて、十二国記シリーズでも一番好きな巻かもしれない。それではまた。

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2019年9月21日 少女少年Ⅱ 感想

はいこんばんはRM307です。今週は漫画回、今回はやぶうち優先生の「少女少年Ⅱ」の感想。
先月読んだ「少女少年」の続編ですが、キャラクターや世界線がつながっている訳では無く、
同じテーマで主要キャラクターとストーリーが変わったまったく別のお話となっています。
Ⅰの感想




【あらすじ】
父親とふたり貧乏暮らしをしていた小学六年生の一葵(かずき)は、ある日街でスカウトされる。
その芸能マネージャーは有名女優・大空遥のドラマに出演する彼女の子ども役を探していたのだ。
それを父に話すと、実は一葵は彼女の隠し子であるという事実を知らされる。子どもより仕事を
選んだ母に一葵はショックを受けるが、オーディションを受験し母と直接会って話すと決意する。
しかしその役柄は娘役。一葵は男である事を隠し、遥が審査するオーディションに臨む事になった。

以上、ここまでが1話のあらすじなんだけど、14ページにこんなたくさん詰められるんだなぁ。
テンポが良い。僕だったら倍のページ数かかるかもしれない。やっぱりプロはすごいな・・・。

と言いつつちょっとけちをつけちゃいます。スキャンダルに巻き込まれて迷惑がかからないように
一葵を遠ざけたと言った遥だったけど、だったら一葵に会いに行ってあげてよ・・・と思った。
もちろん会いに行けばバレる危険性もあるんだけど、生まれてから12年も放置はさすがにひどい。
そもそも、実の母親が一度も自分に会いにきてくれないよりスキャンダルの方がマシじゃない?
息子の気持ちを考えたら、母親といっしょに暮らせた方がずっと良かったと思うんだけど。あと、
一葵の父(実は遥のマネージャー)が要らないと言ったとはいえ、養育費も出すべきだったよ。
その所為で一葵たちはずっと貧しい生活をしていたんだから。貧乏な親子、というキャラ設定を
やりたかったのはよくわかるんだけど、その結果遥の行動にかなりの違和感が生じてしまった。
それだったら、自分のキャリアに傷がつくからとか望んでいない子どもだったからとか言って
一葵を突き放した方がまだ筋は通った。まぁこれだとすごく悲しいお話になってしまうんだけど。

最初のオーディションでプロデューサーに気に入られた一葵が、とんとん拍子で芸能人を養成する
学校に特待生として招かれたところもずいぶんとスムーズに事が運ぶな、と思って読んでいたけど、
こちらは最後にそのプロデューサーの兄が一葵の実の父親だったという事がわかったので良かった。
一葵自身に才能を見出していた事もあったけど、事情を知っていたからなおさら話が早かったのか。

あと、友人のトキオが一葵が男だと知った後に彼と肩を組んで、顔が近づいた時にお互いドキッと
したところで、BLぽい展開もあるのか?!とちょっと期待してしまったけど、それは無かったなw
さすがに当時の小学生向けの雑誌でそんな話にはならないか・・・ややこしくなるしね。残念w
まぁドラマでふたりのキスシーンはあったんだけど。トキオと幼なじみの絵梨のキスシーンは
描写されなかったのに・・・wまぁここはあえて描かない方が良いシーンではあったのだけど。

今作のライバル的な立ち位置のキャラ・マユカは、最初のオーディションで合格するのだけど、
それは一葵を育てる為の時間稼ぎで誰でも良かった、という事がわかってショックを受ける。
読み返すとこの時のプロデューサーも相当ひどいな。他にも「マユカは子役で終わるだろう」、
「だからこの映画ではせいぜい頑張ってもらう」って発言もあるし。演出上必要だったのかも
しれないけど、ちょっと好きにはなれない。良き理解者的な立ち位置なのが若干違和感・・・。
しかしそれで一度は一葵を貶めたいと考えたマユカだったけど、一葵の事情を聞いて涙を流し、
屈折しなかったのは相当素直な良い子だなぁ。前作の同じライバルの紗夜香より好きかも。
なので、思い直した後の彼女を掘り下げた話が欲しかったかな。ちょっと出番が少なかった。
でも最後の2ページを読む限り、今後一葵と良い感じになってくれそうな気もする。楽しみだ。
ライバルで恋が報われない系である彼女が、想い人の主人公と結ばれてくれたら嬉しいなぁ。


以上、前作のあとがきで、今作は両親や芸能界の事が濃ゆくなるというような事が書かれていて、
芸能活動をする上で両親と衝突するような展開になるのかな?と思っていたので予想外だったな。
あと「少女少年」はもともと前作だけの予定だったらしい。その後「Ⅱ」が連載される事になり、
この時点では「」で完結、三部作の予定だったらしい。どんな話になるのかな?それではまた。

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2019年9月14日 月の影 影の海 上巻 感想

はいこんばんはRM307です。読書回の今週は小野不由美作「月の影 影の海」上巻の感想。
有名な「十二国記」シリーズの最初の話です・・・と思ったんだけど、正確には「魔性の子」が
最初だったな・・・と読んでから気づいた。まぁ良いか。そちらも後々読む事になると思うし。
読むのはもう5、6回目かも。前回読み返したのは七年前?つばき先生とこの作品の話で
盛り上がったのがキッカケだった。アニメもかなり観返したので、内容はほとんど覚えている。
でも今年最新刊が出るので読み返そう!と以前から思っていたのだけど、元気が無いと
キツそうだったのでなかなか読めなかった。5月以降はずっとメンタルの調子が悪かったので。

【あらすじ】
日本の女子高生中嶋陽子は、少し前から異形の獣がどんどん近づいてくる悪夢にうなされていた。
それでも平凡で、しかし窮屈な日常を送っていた彼女だったが、ある日学校に見知らぬ男が現れる。
彼は陽子に探した、陽子が自分の主だと言う。そして、危機が迫っているので自分といっしょに
きて欲しいと言う。抵抗する陽子だったが、突然襲撃に遭う。それは夢でみた異形の獣だった。
男から渡された剣と身体に取りついたバケモノによって異形の獣を斬り伏せた彼女だったが、
身の安全の為に彼とともに別世界へと旅立つ事になる。しかし追手に襲われ男と離れ離れになり、
陽子はたった一人で見知らぬ世界をさまよう。その男に再会して、元の世界に、自分の家に帰る。
その一心で旅をする陽子だったが、妖魔には襲われ、役人には追われ、人々には裏切られ続ける。
こちらには味方が居ない。でも帰っても自分の居場所は無い。陽子は心身ともに疲弊していく。


子どもの頃から親しみ、もはや身体の一部のようになっている作品なので、あまり書く事が無い。
とりあえず、もう二度と自分の家へ帰れないのはつらすぎるな・・・と思った。僕は自分の家が
大好きで、お仕事中も外出中もとにかく早く家に帰りたいとばかり考えている人間なので・・・。
もちろん好きな人々、猫たちと別れないといけないのも苦しい。現実世界で好きな存在といえば
母と飼っている猫ぐらいしか居ないけど、ネット上の好きな人々とは絶対に離れたくない・・・。
もし蝕に巻き込まれて海客として十二国に行ったとしても、インターネットはできて欲しい(?)。

同じ海客として日本からやってきた松山誠三というおじいさんも、あと半月で第二次世界大戦が
終わったのに、自分は言葉も習慣もわからないこの世界に放り込まれ、二度と故郷へは戻れず、
家族も居ない、何十年もたった一人で生きてきた・・・。つらすぎるな・・・としか言えない。
僕も将来的には独りぼっちになるだろうけど、まだ安心して暮らせる世界には居るからな・・・。
このおじいさんが陽子を裏切った時もつらかったけど、でも誰にも責められないような気もする。

僕はこの作品はアニメから入ったのだけど、アニメではずっと翻弄されていた印象だった陽子が
原作では計算して動いていたりしてちょっと驚いた。たとえば最初に巧国で役人に捕らえられ、
馬車で護送されていた時、剣の場所を確認する為にそれとなく役人にたしかめさせたところとか。
アニメではこの時ずっと泣いていた印象だったものな。浅野君と杉本さんが居たからだろうけど。
その後妖魔に襲われてその男が殺され、その身体の下を探って剣を引き抜くシーン、つらい・・・!
死体なんて見るだけでも相当キツいのに、陽子は人間の死体を見るのはその時が初めて、
しかもそれは妖魔に食い散らかされた肉の塊となった死体で・・・。一生トラウマになるよ・・・。

ただひたすら帰りたいと願う陽子。剣の見せる幻で、泣いているお母さんを見て絶対に帰ると言う
彼女に、蒼猿は「たとえ子どもがお前じゃなくても、もっと最低の子どもでも母親は悲しむ、
そういう生き物だから。情が移っているだけ」と嘲笑う。子どもの頃にこのシーンを観た時は、
そうなのか!親は必ずしも子どもを愛している訳では無いのか!情が移るだけなんだ!と思った。
それ以来、幼い僕の中で「親は僕が僕だから好きでいてくれている訳では無い、情が移っただけ」
という考えはしっかり根づいてしまい、その後あらゆる場面でその言葉を思い出す事になった。
そして僕の父親もそうなんだろうな、それならあの父親の態度にも納得がいく、と思っていた。
もちろん実際にはそんな事は無く、子どもを愛してる親だってきっとたくさん居るんだけどね。

あと以前も書いたけど、世間には夫がお風呂に入る際に妻が着替えを用意する家庭があるらしく、
陽子の両親もそのうちの一つだった。以前どこかで知ったような気がしていたのはここだったか!
陽子のお父さんは陽子がジーンズを履こうとした時に「女の子らしくない格好はみっともない」とか
「女の子は男の子に競争で勝たなくて良い」とか平然と言ってのけていて、当時子どもながらに
うわぁ・・・古い・・・と思っていたなぁ。現実にもこういう男は居たりするのだろうか・・・。
この作品が書かれたのは1992年だけど、当時でも古い価値観だったんじゃないかなぁ。たぶん。


以上、実はここでやめるのがつらくて楽俊に会いに下巻も読み始めたのだけど、今回は上巻だけ。
上巻はひたすら救いが無いけど、そんなところもどこか心地良かったりしました。それではまた。

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2019年9月7日 ファンタズム 感想

はいこんばんはRM307です。今週は漫画回、今回は雨隠ギド先生の「ファンタズム」の感想を。
以前読んだ百合漫画「終電にはかえします」が良かったので、他の作品も読んでみようと思って。
しかしBL漫画が多く、一般向けの作品はかなり少なかった。BL漫画はまだ少し早いかな・・・。



【あらすじ】
負の感情が黒い影となって見える能力を持った中学生の北里あかり。幼い頃、その所為で母親と
上手くいかず、祖父の家に預けられていたが、祖父が亡くなった事で兄の家に居候する事になる。
新しい街で通り魔に襲われそうになるあかり、そしてそこで出会った人ならざる者「からす」。
彼は人の悪意を食べ、廃人のような状態にしてしまう。あかりは負の感情に飲み込まれそうな
友人を助け、自分と同じく彼を見る事ができる老人の話を聞き、からす自身も助けようとする。
それを成し遂げた時、少し成長したあかりは母と和解し、一歩前へ進む事ができたのだった。

まずあかりちゃんが可愛かった。ネクタイを結んでもらおうとするところ、兄が想像しているコマ、
美少女探偵妹のところとか。73ページの叫びなど、笑顔以外のいろんな表情も魅力的に映った。
からすに取り込まれそうになった時、「いい子の私と悪い子の私」というモノローグがあったけど、
あかりちゃんはただひたすら良い子に思えたな。本人にとって悪いと思える部分があったとしても、
子どもだし十分許される範囲内だと思う。大人はもっと汚いよ・・・もちろん僕も含めて・・・。

話では、からす(鴉丸)の過去、愛する人を害そうとする人間から守る為に、自分の住む長屋で
いっしょに暮らす事にしたけど、関東大震災が起こり彼女を死なせてしまった、あのまま実家に
住んでいたら死なずに済んでいたのに、というところが良い。決して好きでは無いのだけど、
こういうどうにもままならない悲劇みたいなものは胸に刺さり、その痛みが少し心地良いのだ。
「遠ざかる世界」でも、後輩が頑張って先輩の嘘を見破って、でも別れは止められなかった・・・
という展開があるけど。好きな作品のキャラであればふたりとも幸せになって欲しいんだけどね。

最後の描き下ろし漫画で、あかりちゃんとお母さんが並んで話していたり、お互い緊張しながらも
メールをやりとりしたり、食卓に家族全員分の食器が並んでいたりするカットがあって嬉しかった。
やっぱり愛する家族といっしょが良いよね・・・。これからは幸せに暮らして欲しいなと思う。

以上、きれいにまとまっていた作品でした。ほんの1冊の漫画だけど、キャラとお別れするのが
ちょっぴり寂しいな。一週間かけて少しずつ読んでいた所為もあるだろうけど。それではまた。

Web拍手

2019年8月24日 村上朝日堂はいかにして鍛えられたか 感想

はいこんばんはRM307です。今回は村上春樹のエッセイ「村上朝日堂はいかにして鍛えられたか」。
読むのは4回目ぐらい。五年ぶりのはずだけど、かなり内容を覚えていた。もっと最近読んだっけ?
過去のツイートやブログを検索しても該当するものは無かった。それぐらい好きだったという事かな?



今年読んだエッセイの中では一番面白かったように思う。文章も文量もすごくちょうど良かった。
もし誰かに村上さんのエッセイを勧めるなら、最初はこの一冊にしたいと思った。おすすめです。


もう十年も前のことだけど」の、筑紫哲也に似ているホームレスの人を見た話を何の気無しに
雑誌の担当者に話したら、週刊誌のグラビアにその人の写真が掲載されてしまった話にびっくり。
25年前の事だけど、この頃ってプライバシー無かったんだ!ひどい話もあったものだな・・・。
それとも相手に許可を取ったのだろうか?エッセイ内でそんなふうには書かれていなかったけど。
そうは思えないなぁ。僕も相当ひどい人間だけど、週刊誌の編集者なんて特にろくでもないしね。

ボートはボート」では、野球観戦中の村上さんが同じファンの友人に悪口を言うのが面白い。
ひどいけど。「ムッ(○○のファンなので悪口を言うとムッとする)」という表現の繰り返しが好き。

体罰について」の、「体罰が熱心さのひとつの方法論として独り歩きを始めた時点から、それは
世間的権威に裏付けされたただの卑小な暴力に変わってしまう」という部分はよく覚えていた。
殴る事で生徒に何か教えた気になっているとしたら、それは間違いだと思う。体罰は指導では無く、
恐怖によって立場が下の者を支配しているだけのような気がする。人間関係ですら無いよね。
以前もこのブログで書いたけど、一般企業で新入社員がミスをしたら殴る上司がどこに居る?
学校だけそれが許されるというのはおかしい。学校を悪い意味での特別な場所にしては駄目だよね。
僕は幸い叩かれたりした事は無かった(中学生の時に胸ぐらをつかまれた事はあった)けど、
小学六年生の担任の先生が、宿題や教科書を忘れた子を立たせて全員の前で豚鼻にさせる、
という罰はあって、それは嫌だったな。特に女子は可哀そうで、必死に抵抗していた子も居た。
それも今の時代なら体罰に入るかもしれないけど、当時は保護者もその罰を受け入れていたな。

安西水丸の秘密の森」の、村上さんをクラブに連れて行った水丸さんが女の子とダンスさせ、
その事が誇張されて広まり幾人からがっかりされた、そしてその噂のルーツは水丸さんだった
という話、嫌だなぁw他のエッセイでも水丸さんが妙な噂を流していたと書かれていたけど、
冗談じゃなくて本当にそうだったんだな・・・。真っ先に七靴君の事を思い出してしまったよ。
そんな水丸さんを許している村上さんはすごい。僕は七靴君を笑って許そうなんて思わないな。
僕は自分がやった事を吹聴されるのはまだ良いけど、自分に関する嘘の話や、誇張した話を
されるのがすごく嫌なのだよな・・・。まぁ誰だってそうだとは思うけど。上手く聞き流せない。
まぁ別にわざわざ出向いて否定して回ったりもしないけどね。ブログでは釈明したりするけど。

趣味としての翻訳」では、翻訳は趣味だっと言いきるしか無い部分がある、と書かれている。
以前僕は「自分の中で漫画は仕事、FAは趣味のつもりで描いている」と言った事があったけど、
最近は逆転しつつある気がする。もちろんFAを仕事のつもりで嫌々描いているという話では無く。
それについてはまだ自分でもはっきりしていない部分があるので、いずれまたどこかで書こう。

ゼロから何かを生み出すという作業がどれくらい手間のかかる辛い作業であるかを僕はいちおう身にしみて知っているから、それを一言で「あいつはゴミだ、これはクソだ」と罵って片づけてしまうことはできない。
テネシー・ウィリアムズはいかにして……」に書かれている批評についての話。なるほどな。
僕自身、自分が大した漫画を描ける訳でも無いくせに堂々と商業の作品を批判する事がある。
先日絵板に書いた「五等分の花嫁」と「ぼくたちは勉強ができない」とか。ただ、言い訳に
聞こえるかもしれないけど、この2作品に関しては、ゼロから生み出していない世界、他作品から
寄せ集めたつぎはぎだらけの服を着せられ、ないがしろにされているキャラが可哀そうだった。
まぁ何を言っても言い訳になりそうだからやめよう。どうもすみません、やっぱり僕が悪いです。

村上新聞社と「〆張鶴」ツアー』では、新潟の村上市にある村上新聞社を訪れた村上さんたち。
「町の新聞」である村上新聞だけど、町が狭すぎるのであまり込み入った話を書く事ができない、
みんなが新聞を取ってくれなくなるかもしれない、広告も出してもらえなくなるかもしれない、
だからなかなか書きたい記事も書けない・・・という話が書かれている。どこも同じなんだな。
大手の新聞社もテレビ局も、結局は購読者や視聴者、スポンサーにそっぽを向かれたくないから、
主な購買層のご機嫌を損ねそうな記事をごまかしたり、スポンサーに忖度した報道をしたりする。
まぁこういう事は別にわざわざ僕が言わなくても、たくさんの人々が指摘しているから良いけど。

傷つかなくなることについて」は、十代の頃何度も読んで「いつか僕も傷つかなくなるように
なれるだろうか」と思っていた。しかしあれから十年が経ち、今も毎日何かしら傷ついている。
だいたいは絵板に書いているので割愛しますが。それでも感受性が摩耗し、昔と比べたら確実に
厚かましくなっているけど。でもこうでもならない限り、僕は生き続けるのは難しかったと思う。
九年前、FAを描き始めた頃の僕の事をもしも好きになってくださった人が居たとしたら、今の僕を
受け入れがたく感じる事も多いかもしれない。嫌いになって離れていった人もきっと多いだろう。
その事を考えると申し訳無く思うし、昔の(まだ)良い子だった自分に戻りたいような気もする。
しかし好むと好まざるとに関わらず、これが今の僕なのだ。悪いけど、どうか許して欲しいと思う。
もちろん今の自分にあぐらをかいている訳でも、今の自分自身を肯定できている訳でも無いけど。

文学全集っていったい何なんだろう」のラストはとても重く印象的だ。ここで簡単に解説できる
ものでも無いので、良ければ読んでみてください。僕も村上さんだったらその話は断るだろうな。
でも相手が自殺したなら、ショックでしばらくは何も書けないかもしれない。自殺では無いけど、
二年前、大好きだった作品が削除された時と同じように。村上さんが生きる世界はシビアだ・・・。

文科系と理科系」の、アメリカの小説に出てきたという「たまたま男性用生殖機能をひとそろい
もって生まれてきたというだけの理由で、どうして車のトランスミッションを修理できると
みなされなくちゃならないんだ」という一文もよく覚えていた。いつか使ってみたいところだ。
僕も若いという理由だけで、アルバイト先でPCに問題が起こった際によく駆り出されていたので。
たしかにPCはよく使っていたけど、エラーやシステムの事を訊かれてもわからないんだよな・・・。

真昼の暗黒の回転鮨」では、お客さんが少ない時間帯は作り置きせず、注文を取ってから握り
皿を流している回転寿司店でのエピソードが面白かった。たしかにこれは緊張しそうだwww
一人で黙々と食べられるのが回転寿司の良いところなのに、これじゃ回らないお寿司と同じだ。
僕は回らないお寿司を食べた事が無いけど、いちいち職人さんに注文しないといけないなんて
ずっと緊張しそうだなぁ。できれば一人で好きなものを適当に取って気楽に食べていたいよ。
ホテルの部屋に戻って机に向かっても、「まだ今でもあそこでは、黒いベルトが何も載せずに『さあ何にする、次は何にする』とつぶやきながらぐるぐる回っているんだな」と想像すると、それだけで緊張して仕事もうまく手につかなかった。
この部分を読んで、先日絵板に書いた工場でアルバイトをしていた時の話の事を思い出した。
僕が言いたかったのもまさにこういう事だったかも。しかし今日はよく絵板の話が出ますね。
そういえば先日くろすけ先生が「15年ぶりに回転寿司に行った」とツイートされていたけど、
僕も最後に回転寿司に行ったのは九年ぐらい前だな。幼なじみといっしょに食べたのが最後だ。
お寿司自体も最後に食べたのは六年前、スーパーのものを祖父といっしょに食べたんだった。
好きなんだけど、高いので自分から買う事はまず無い。どなたか良ければおごってください。

梅竹下ランナーズ・クラブ通信❸」で、100kmマラソンの練習に明け暮れていた村上さんに、
奥さんが「どーして最近うちには夫婦の会話というものがないのかしら」と糾弾した話、これも
以前も何度もこのブログで書いているけど、羨ましいな・・・と思った。僕も結婚して二十年も
経つ相手に「話したい」と言われてみたい。しかし僕と話したい人なんて存在しないのだった。

抜け毛の問題」で、かつら会社の人から、薄毛の人は派手な色のセーターを着られない、
着たら「ハゲのくせに派手なセーターを着て」と影で言われたり、言われているような気がする、
と言われた村上さん。実際には個人の考え方の問題なんだけど、これは僕もすごくよくわかる。
僕は幸いまだ禿げてはいないんだけど、将来的に禿げたらそうなるだろうし、そもそも昔から
「あいつは不細工のくせにおしゃれしやがって」と言われるのが怖くておしゃれができなかった。
無難な、シンプルな服しか着ていない。カッコ良い服とかも着てみたかったんだけどね・・・。
これは被害妄想では無く体験に基づいたものだけど、まぁ別にわざわざ書くような事でも無いか。

かたちのあるものはいつか消える。かたちのないものだって、いつかは消えていく。残るのは記憶だけだ。
マールボロ・マンの孤独」の最後の一文。でも記憶すら残らない事だってたくさんあるよね。
僕は好きな人々には永遠に覚えていてもらいたいと思う。実際は、それは叶わないだろうけど。

ペンネームをつけておくんだったよな、しかし」で、変わった皮膚科の病院のお医者さんから
「さっき取りたての、すごい強烈な水虫の皮膚があるんだけどさ、ちょっと見ていかない」と
言われて顕微鏡で見せてもらった話、面白いなwww相当変わったお医者さんだ。僕も会いたい。

一日ですっかり変わってしまうこともある」、僕の場合は失恋や死別がそうだったな、と思った。
特に去年祖母が亡くなった時など。人の死って、いろいろなものを変えてしまうんだなと思った。
エッセイにも書かれているけど、「愛する異性と心を通わせることで、光の輝きや、風の感触が、
昨日までとはまるで違ったもののように感じられる」という体験もしたいな・・・もう無理かな。

外国語を翻訳する時に悩むという「俺と僕と私」の一人称の問題。日本語だとややこしいですね。
ちなみに、これは初めて書くけど、僕の一人称も家では「私」、職場では「僕」、友人の前では
「俺」と分かれています。個人的には「僕」がしっくりくるので統一したいんだけどねぇ・・・。
今さら変えるのが気恥ずかしい。キャラを変えるのと同じくらい難しい。なのでネットでは気が楽。
ネット上では、最初の頃は「僕」だと目立つので「俺」を使っていました。絶クレスレ★2で、
一回だけ「俺」になっている僕の書き込みがあります。もし暇だったら探してみてください。
あと今は、「RM307」としてや企画の主催として書き込む時以外は「自分」と書く事が多いです。

僕らの世代はそれほどひどい……」では、友人のあだ名だと思い、知らずに被差別部落の
俗称を書いてしまった村上さんの中学時代のエピソードが書かれている。僕も小学六年生の頃、
クラスに内村という女子が居たのだけど、僕がふと思いついて「内村だからうっちーだね」と
言ったら強烈なビンタをされ、「私その呼び方嫌いなんだけど!」と言われた事を思い出した。
それは申し訳無い事をした、と思ってすぐに謝ったのだけど、今思うとビンタするほどの事では
無くない???だって知らなかったんだし・・・と思わないでもない。やれやれ、痛かったなぁ。
僕にとってそれよりももっとショッキングだったのは、この世界では人は誰でも、無自覚のうちに誰かに対する無意識の加害者になりうるのだという、残酷で冷徹な事実だった。僕は今でも一人の作家として、そのことを深く深く怯えている。
この部分も印象的だった。僕もふだんぺらぺらとTwitterでツイートしたりブログを書いたり
しているけれど、もしかしたら僕の言葉で深く傷ついている人も居るのかもしれないな・・・。
一応気をつけているつもりだけど、もし嫌な思いをしている人がいらっしゃったらごめんなさい。
言われないとわからないアホなので、その場合は指摘していただけるとありがたいです・・・。
でも実際はわざわざ教えたりせずに、愛想を尽かして黙って去って行くものなのだろうなぁ。

果たされなかったもの」については、少し長いので来週以降に月ブログの方で書くと思います。


以上、エッセイの中でもかなり読みやすかったし楽しかったので良かったです。それではまた。

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2019年8月17日 さろめりっく 感想

はいこんばんはRM307です。今週は漫画回、今回は袴田めら先生の「さろめりっく」の感想を。



【あらすじ】
占い師である母親のギャンブルによる借金などを理由に転校を繰り返していた女の子さろめ
また彼女は魔法使いである事から、新しい中学校でも奇異の目で見られていた。そんなさろめに
話しかけてきた人気者のひかり。彼女に惹かれていくさろめだったが、同時に自分の中に今まで
知らなかった、そして気づくたくなかった感情が芽生えていく。矛盾をはらんだ初恋の百合漫画。


相手との距離を測り進んだり戻ったりする前後タイプでは無く、自分の想いを掘り下げていく、
その中でココロが浮き沈みする上下タイプの作品だった。そんなタイプがあるのか知らないけど。
自分だけに時間を、心を捧げて欲しい、相手が自分無しではいらなくなって欲しいと願うさろめ。
中学生で「自分は相手を支配したいのだ」と気づけるのはすごいし、とても勇気が要ると思う。
そんな自分に気づきたくないよね・・・後ろめたくて、自分の「好き」を肯定できなくてつらい。
さろめには無かったけど、ここに同性を好きになる悩みが付随するとかなりしんどくなりそうだ。
母親の失恋でまた転校する事になり、さろめはその気持ちを封じよう、埋めてしまおうとする。
僕だったら好きな気持ちを消す事ができず、これからも苦しみ続ける道を選ぶかもしれないなぁ。

そこからどうやって答えを出すのだろう、と楽しみに読んでいた・・・のだけど、母親が恋人と
結婚する事になり転校は取りやめ、これからもひかりといっしょに居られる事になり、最後まで
明確な答えを出さないまま終わってしまった。ひかりに好きだと伝える事はできたんだけど。
うーん、残念だな・・・。まぁ僕も「遠ざかる世界」で似たような事をやっているんですが。
ひかりを独占したい気持ちを解決して欲しかったなぁ。その後どう折り合いをつけたのだろう。
たまたま母親の結婚生活が上手くいき、大学生までそのままの生活を続けられたさろめだけど、
もし同じ事が起きたらまた引っ越していた訳で、その時はまた同じ苦しみを感じていただろうし。
結局さろめは自分から何も変えてはいないと思えてしまうので、どうしてもすっきりしなかった。
でもそう思ってしまうのは、たぶん今の僕がその答えを欲していたからという理由もあるのかも。

好きな相手に興味を持ってもらいたい、振り向いてもらいたい、自分を必要としてもらいたい。
わかるなぁ。「いつのまにか私のいないところでの彼女の幸せを許せなくなった」もわかる・・・。
あと、さろめが魔法でお菓子を出した時に、ひかりがきっとたくさん食べて喜んでくれるだろうと
夢みていたけど、1個しか食べてもらえなかった事がつらかった話とか、僕じゃん!比喩じゃん!
僕も独占というほどでは無いけど、相手のココロが欲しいと思う。もうそんな事は無理だろうけど。
これは恋愛じゃないと思うけど、今毎日切実に頭を悩ませている事だったから、答えが欲しかった。
まぁどちらにしても、僕は漫画の主人公のように相手を求める事はできないだろうけどね・・・。
僕なんかが手を伸ばしても嫌われるから。いやまぁもう嫌われているかもしれないのだけど・・・。
僕も、ひかりのように「知っていたよ!」と受け止めてもらいたいけど、まぁ永遠に夢物語だな!

あとやっぱり母親ね・・・相当問題があるよ・・・今までのさろめが本当に可哀そうだよ・・・。
正直いらいらした。自分の不始末で子どもを振り回す親は、たとえ創作だとしても許せん・・・。
前述の通りその後はたまたま上手くいったけど、さろめはこの先も悩まされそうな気がする・・・。
ここらへんの問題も解決して欲しかったな。さろめ、強く生きて・・・そして幸せになって・・・。

それと最後の番外編、一人暮らしをしているひかりの部屋に遊びにきたさろめが、トイレの便座が
上がっていて歯ブラシが二本あるところを発見し、男性の気配を感じショックを受けるのだけど、
ひかりは「トイレを掃除した」、「古い歯ブラシを捨てるのを忘れていた」と言い、何も無い事を
アピールする。ねぇこれってどっちの意味なの???わからなかった・・・女の子こわい・・・。

他の作品のように手放しで褒める内容にはならなかったけど、感情を掘り下げる話は大好きだし、
女の子の笑顔や泣き顔などの表情もやっぱり可愛い、重く暗く悩んでいる表情も魅力的でした。
やっぱり袴田めら先生の描かれるテーマや物語は好みの百合だなー!勉強になりました。
そして今読む事によって、自分の中に意味が生まれた作品だなと思った。グッドタイミングだわ。
僕の問題は僕が解決するしか無いという事だな・・・。そしてさろめたちについては、ひかりの
「私たちは大丈夫」という言葉を信じる事にしよう・・・。さろめたちが幸せでありますように。


以上、僕もきっと中学生レベルのままなんだな・・・という思いを強くしましたwそれではまた。

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2019年8月10日 やがて哀しき外国語 感想

はいこんばんはRM307です。今週の読書回は村上春樹のエッセイ「やがて哀しき外国語」の感想。
読むのはたぶん3回目。村上さんがアメリカに三年住んでいた時のエピソードが書かれています。

やがて哀しき外国語
村上 春樹
講談社
1994-02-18


一年限定で(結果的には一年半に延ばした)アメリカのプリンストンに住む事になった村上さん。
湾岸戦争により愛国的高揚感が、アメリカの不景気からアンチ・ジャパンの機運が高まっていて、
その中に身を置く事は居心地が悪く、周りに棘のようなものを感じて当時は気を張っていたとの事。
それまでのエッセイとは違い、最初の方はまじめでどちらかというと少し暗いテーマを扱っていて、
いつも通りのエッセイのつもりで気楽に読もうとしていた僕はちょっと居住まいを正してしまった。
日本とアメリカの違いも書かれていて、でもだからどちらの国の方が優れているという話では無く、
それぞれの国の抱えている問題や、内包するジレンマについても書かれている。結構難しかった。
僕は頭が悪いのでそれらに対し感想を書く事ができない。今まで通り気になったところだけ書く。

プリンストン――はじめに」で村上さんは「僕はどちらかというと、字を書きながらものを考えて
いく人間である。文字に置き換えて、視覚的に思考する方が楽な事が多い。」と書かれている。
僕自身、頭で考える事がすごく苦手な人間で、文章として書いて初めて考えがまとまる事が多い。
僕が言うのはおこがましいけど、なので村上さんが仰っている事は何となくわかるような気がする。

大学村スノビズムの興亡」では、日本の流行やカルチャーについて「文化的焼き畑農業」とある。
本来なら豊かで自然な創造的才能を持っているはずの創作者が、時間をかけてゆっくりと自分の創作システムの足元を掘り下げていかなくてはならないはずの人間が、焼かれずに生き残るということだけを念頭に置いて、あるいはただ単に傍目によく映ることだけを考えて活動して生きていかなくてはならない。これが文化的消耗と言わずしていったい何と言えばいいのか。
今から三十年前に書かれたものだけど、日本はこの頃から変わっていないんだな・・・と思った。
よっぽど売れている人たちを別にして、商業作家もこうならざるを得ないところがある気がする。
せっかくの才能なのにもったいないよね。日々新しいものを求める消費者も悪いのだろうか・・・。
そういう意味では、好きなだけ自分の創作を追求できるアマチュア作家の方が楽なのかもしれない。
純粋な意味での創作活動。僕が新都社作品に惹かれていたのもそういうところだったりするのかな。

アメリカ版・団塊の世代」の人種問題の、『六十年代のように「法律上の差別が撤廃されて、
人種間の機会均等が実現されれば、何もかもうまく行くんだ」といったオプティミスティックな
見解を単純に信奉しているような人間はもうどこにもいないと言っていいだろう』という部分で、
同性愛者の問題もそうなのかなぁと思った。先日台湾で同性愛者同士の結婚が可能になったけど、
差別が無くなって当たり前のように生きていけるようになるのにはまだ時間がかかるのかな、と。
日本ではまだ結婚すらできないので、本当に彼、彼女らが生きやすくなるのは相当先なのだろう。
やれやれ、21世紀になってもう18年も経つんだぜ、それなのに・・・と思わず首を振ってしまう。

誰がジャズを殺したか」に書かれている、村上さんがレコード屋の前で時間を尋ねられて
「四時十分前だよ」と答えた後に「TEN TO FOUR」というレアなレコードを見つけた話、これは
東京奇譚集」でも書かれていたけど、こちらは買った後に時間を尋ねられて答えたとなっている。
村上さんの記憶違いのようだ。どちらが正解なんだろう?まぁどちらにしてもすごい偶然だけど。

元気な女の人たちについての考察」の、アメリカで奥さんを紹介するのが難しい話も興味深い。
主婦と答えると相手の顔がこわばり、個人的な編集者兼秘書のような仕事をしていると言っても
物足りない顔をされ、写真をやっていて本を出した事があるという話をするとようやく納得される。
本来であれば、夫の仕事は秘書に任せ、妻は自分のキャリアを積むべき仕事を、あるいは自発的に
自分の中から出てきたボランティアのような作業をするべきなのだ、そうする事によって、妻は
夫の影から抜け出して、初めて精神的な自立を得る事ができるはずだ、という認識が多いらしい。
男女は平等だし、夫婦も対等なのが良いと僕も思う。だけど、アメリカではその価値観が逆に
がっちりと人を縛っている事があるんだな、と思った。「自由な国」といってもいろいろあるんだ。

あと、人前で翻訳した作家の名前を挙げた時に、必ず女性から「男性作家ばかりなのは意図的な
ものなのか、なぜ女性作家の作品を翻訳しないのか」と質問されると書かれていて、四年前に
七靴君にいくつかの女性作家の小説の話をしたら「女性好きすぎだろ」と言われた事を思い出した。
僕も村上さん同様、男性女性を意識して読んだ事は無いし、結果的に女性作家の作品の話が
多くなってしまっただけだった。七靴君はこういう偏った見方をする事が多くて嫌いだったな。

運動靴を履いて床屋に行こう」では外国の床屋事情が語られている。ひどいカットが多いらしい。
その中で出会ったロンドンの、「他の床屋は頭を使っていない者が多いが自分にはそれができる、
日本人には日本人に向いたヘアカットがある事をわかっているから君はラッキーだよ」と言った
自信満々の床屋さんが、実際はかなりひどくてむちゃくちゃな仕上がりになった話が面白かった。
僕は15歳の時から十年以上同じ床屋さんで髪を切ってもらっているのだけど、毎回「前髪は長めに
残してください」と言っても短く切られてしまう事が多い。申し訳無いので、切られすぎた後に
「ちょっと短いですね」とも言えないし、よく家に帰った後に鏡を見てはため息をついている。
床屋さんと僕との間で「長い髪」の認識が違うのかとも思ったけど、年に2回くらいはちゃんと
長く残してもらえるので、結局よくわからない。正確に何センチと指定しないといけないのかな。
会話も気を遣いますよね。それについては村上朝日堂の逆襲」の感想で書いたので割愛。

さらばプリンストン」では、アメリカの引っ越し業者の話が。相当ひどいところが多いらしい。
家具がめちゃくちゃになったり荷物を紛失されたり、そもそも約束の日時に業者が来なかったり。
村上さんは「この三日のうちどれかに来るよ」と言われたらしい。三十年前だからだよね・・・?
ちなみに我が家が今の家に引っ越した際は、業者さんに頼まず、父が借りてきた大型トラックに
荷物や家具を積み込み、新しい家に運んだ。五往復はしたな。めちゃくちゃしんどかった・・・。
冷蔵庫は横にすると壊れる為、斜めにした状態で運ばないといけなかったのが一番つらかったな。
二度とやりたくない・・・。やっぱり高い費用がかかっても引っ越し業者さんに頼むのが一番です。

以上、他にも面白い話はいくつかあったけど、感想としては短くなるのでここには書きません。
読み始めた時はどうなる事やらと思ったけど、だんだん楽しんで読む事ができたので良かったです。
あと「ヒップな」という表現がたびたび登場して、「岡村靖幸だ!」と思いました。それではまた。

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2019年8月3日 少女少年 感想

はいこんばんはRM307です。今週は漫画回、今回はやぶうち優先生の「少女少年」の感想。
小学六年生」で連載されていた作品で、1巻ごとに別のキャラとストーリーになっています。
僕は「」と「」を読んだ事があり、以前から他の作品も読みたいと思っていたのでした。

【あらすじ】
ルックスも声も女の子みたいな小学生のは、姉に女装させられ自宅で歌っていたところに
偶然通りがかった芸能事務所のマネージャー村瀬にスカウトされる。憧れのアイドルである
るりに近づけるかも、という下心から晶はアイドルデビューを決め、いきなりブレイクしたが、
早々にるりに正体がバレたり仕事を奪われたアイドルの紗夜香から嫌がらせをされたり
幼なじみの智恵子から正体を疑われたり・・・。晶のアイドル活動と恋の行方はいかに――。


あまり内容を覚えていないけど「」と「」はたしかストーリーの軸となるキャラが2、3人で
そんなに多くなかったので、主人公・憧れの人・ライバル・幼なじみと4人も居るのが新鮮だった。
平凡な男の子がいろんな女の子から好かれる、というのは王道だけど今読むと古く感じるかも。

親の意向で無理やり芸能活動をさせられている人気アイドルるり、大きな三つ編みがとても可愛い。
最初は嫌なやつだったけど本人を知って好きになり、最後は恋に敗れる紗夜香も良いですね。
こちらも定番だけど、報われない系のヒロインが好きなので。ショートカットなのも可愛い。
最後に自分の気持ちに気づいた晶と両想いになる幼なじみの智恵子はちょっと弱かった気もする。
派手じゃないけど可愛いし(晶のサイン会にこっそり参加した時の私服姿もとても良かった)、
幼なじみ属性のある僕なんだけど、個人的には晶はるりとくっついて欲しかったなぁと思って。
報われない系や幼なじみを差し置いて、僕が正統派ヒロインを推すのって珍しいかもしれない。

母親の夢の為に高熱があってもそれを隠して仕事を頑張ったり、晶の相談に乗ってあげたり、
最初に晶に告白するけど恋心を抑えて晶を応援し、「みんなのアイドル」として頑張る事に
したり・・・。幸薄いるりが報われて欲しかったなぁ。最初に晶の正体を知った時に言った
「私なんかいらなくなっちゃうくらい売れっ子になって」というセリフの時点でもう好きだった。
ラストで、長かった髪をばっさり切ってセミロングになった、少し大人びた表情も良かったなぁ。
親との問題が解決して、本当にココロの底から望んで仕事をできるようになると良いんだけど。

ラストでいうと、晶を好きだというのは演技だったと嘘をついた時の紗夜香の少しせつない笑顔、
晶に告白され赤面し、ちょろっと舌を出した時の智恵子の笑顔も可愛かった。結局みんな可愛い。


たしか「」と「」では「まぁ芸能活動をできるのは声変わりまでかなー」と言いながら
これからも芸能人を続けていく、というラストだったけど、今作では晶が男だという事がバレて
世間を騒がせる、しかも生中継の会見中にかつらを取りパンツ一丁になって正体を明かすという
展開だったのでちょっとびっくりした。リアルでこんな事になったらもう普通に暮らせないよ!
ネットが普及していない20年前で良かったな・・・。それとあとがきでも触れられていたけど、
晶の両親も描かれて欲しかったな。それについては「」で描かれるようなので楽しみだ。

あとがきには、今作は『受験に合格したら「ちゃお」で連載させてもらおうと思っていた』とあった。
受験?!もしかして高校生ぐらいから描いていたのか・・・?めちゃくちゃすごいな・・・と思って
Wikipediaを開いたら、何と13歳、中学生の頃に「ちゃお」でデビューしたとあってびっくり!!!
才能ってあるところにはあるんだな・・・僕なんてその倍の歳でもまともに描けないのに・・・。

あとこの作者さんが描かれる男の子の服装で、だぼっとした太めのズボン+大きめのスニーカーの
描き方が好き。子どもの頃から何となく思っていたけどようやく言語化した。僕もまねしたい。
絵柄もやっぱり良いですね。もしかしたら、僕が目指しているのは少女漫画の絵柄かもしれない。
「百合少女交響曲♪」のユカリ嬢や茅野くんの目はそのへんを意識して描いていたりするんだけど。


以上、子ども向けに描かれた漫画ではあるけど、結構楽しめたので良かったです。それではまた。

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2019年7月20日 日出る国の工場 感想

はいこんばんはRM307です。読書回の今週は村上春樹のエッセイ「日出る国の工場」の感想。
読んだ気になっていたけど読むのは初めてだった。まだ読んでいない昔のエッセイがあったとは!
地元の図書館には置いてなかったので、存在を見落としていたようだ。内容は工場見学です。
(人体模型工場、結婚式場、消しゴム工場、農場、コム・デ・ギャルソン、CD工場、かつら工場)
僕も新卒で入った会社を退職して資格を取りに行く前の短い期間、パン工場で働いた事があったな。
あれは相当ひどい職場だった・・・いろいろ詳しく書きたかったけど、もうだいぶ忘れちゃったな。

日出(いず)る国の工場
村上 春樹
平凡社
1987-03-01


まずは京都の人体模型工場、ここでは彩色を熟練した職人が一つ一つ施している。営業の人は
そんなに凝らなくても、教育標本として足るものを作ってくれればそれでOKだと言うのだけど、
現場の職人は現場のプライドがあって、もしそんな事を言われたら逆に凝っちゃうものらしい。
僕は仕事は好きじゃないので、手を抜いて良いものなら抜いて楽をしちゃうだろうけど(無責任)、
もしFAでそんな事を言われたら、この職人のように意固地になっていつも以上に丁寧に描くと思う。
早く正確に彩色する研究をしている美術工芸部門に習いに行ったり、自分たちの技術を他人に
教えたがらない年配の職人たち。多くの職人がそうであるように、後継者不足が問題になっていた。
このエッセイが書かれたのは30年以上前の事だけど、今のこの部門はどうなっているのだろうな。
いろいろな人体模型(動物の模型もある)やその解説が書かれていて、わりと面白かったです。


次は結婚式場。これは工場では無いけど、結婚式を挙げる夫婦とブライダルプランナーの会話が
まるで工場を流れるベルトコンベアのようによどみ無く書かれている。ほとんど感情が含まれず、
料理のコースや衣装、招待状の枚数まで細かく打ち合わせていくのだけど、これが結構面白い。
以前も何度か書いたけど、「エルマーの冒険」でエルマーが家を出る前に旅支度をするシーンで、
所持品を一つ一つ羅列していく部分がなぜかとても好きなので、この会話もなかなか楽しめた。
まぁ僕は華美な披露宴を鼻で笑う性格の悪い人間なので、「貧弱なのは嫌だから高いコースで」
とか「みんなやっているなら」という理由で無駄に浪費している様子には呆れちゃうんだけど。
そんな価値を見出している訳でも無い、見栄を張る為だけの選び方ってくだらなくないですか?
少なくとも僕は巻き込まれたくないなと思った。まぁどうせ結婚式を挙げる事は無いんですけど。
そういう意味では、つばき先生の結婚式の準備やプレゼントを自分たちで作った話は良かったな。
以前もお伝えしたけど、あのエピソードはブログとかに書いてみんなで共有できた方が良いと思う。
ちなみにこのエッセイに書かれている夫婦の婚礼費用は270万円。へー。まぁ何も言いませんが。


次は消しゴム工場だけど、これは読んでいて面白くなかった。村上さんも同行した編集者さんも
工場の仕組みがわからず真っ青になっていたからかもしれない。混乱している様子がよくわかった。
担当者に説明された編集者さんの「しくしく」というセリフが繰り返されているのは面白かったなw


次に小岩井農場。小岩井は小岩井さんがやっている訳では無く、小野さんと岩崎さんと井上さん
という明治時代の名士が集まって作ったからこの名前になったんだね。ぜんぜん知らなかったな。
主に乳牛についてのお話。僕は数年前まで、乳牛というのは常に母乳が出るものだと思っていた。
でも実際は牝牛に妊娠・出産を繰り返させ、常に母乳が出る状態にしているのだと知って驚いた。
よくよく考えれば当たり前なんだけど、まったく考えもしなかったな・・・。かなり残酷なんだ。
乳の採取は五、六産までで、ピークに達した十歳前後で処分されるそうだ。種牛も同様に十歳。
そもそも牡牛のホルスタインの場合は、生後20ヶ月程度で肉牛として処分されるとの事だった。
その種牛も、毎日違う牝牛と交尾させられるイメージだったけど、実際は「擬牝台」と呼ばれる
牛用のダッチワイフと行為をさせ、精液を採取するのだという。な、何という人(牛)生・・・。

農場の人からはホルスタイン牛は「経済動物」と呼ばれている。効率的に乳を出す為だけに存在し、
その目的にかげりが生じたら処分され、加工肉用になる。牧場だって「資本投下=回収」という
原理によって進行している一つの経済体に過ぎない、牛はただ原料の役割と果たしているだけで、
原料さえと思わなくなってしまったら原理そのものが揺らいでしまう事になる、と書かれている。
村上さんのように僕も農場には牧歌的なイメージを持っていたけど、実際はシビアだった・・・。
僕はわりと生き物(虫とかはアレだけど)が好きなので、こういう仕事はできないだろうな・・・。
でも「残酷」とも書いたけど、そのおかげで僕は生きていられるのだ・・・。人間は罪な生き物だ。
あと僕は牝牛しか知らなかったけど、ホルスタインの牡牛ってかなり大きいんだね。びっくりした。


服飾メーカー「コム・デ・ギャルソン」の工場は自社のものでは無く、委託している小さな町工場。
気の良い職人さんやその家族がいっしょになって丁寧に作っている様子が伝わってきて良かった。
作業をしながらデザイナーの意図を発見できたり、どんなものになるか楽しめたりしているようだ。
刺激を楽しめる人はそういう仕事は良いだろうなぁ。僕なんかはルーティンワークで良いんだけど。

あと興味深かったのは、「80年代後半を動かす新しい理念の多くは、60年代に見受けられた理念に
その源を発しているのでは無いか」という話。水面下で進行していたものの表出と時を同じくして、
「60年代世代がそれを商品化する権限を持った地位にのしあがっていた」という。なるほど面白い!
ちょっと話が違うかもしれないけど、最近のポケモンの「メガシンカ」を思い出した。発売当時
ポケモンをプレイしていて、「僕の考えた最強のポケモン」を描いていた子どもたちが大人になり、
開発する側になった事で実現した新しい概念。たぶんその他にもそういう流れは多いのだろうな。


次はCD工場。ここではCDを知らない人に対してCDとは何かという説明が書かれている。今でこそ
当たり前の存在で誰も疑問を抱かないけど、当時はまだそういうレベルだったんだな・・・!
ただ「当たり前」と書いたけど、僕にその原理を説明する事はできない。知らないのと同じだな。
CDはその表面のミクロの凹凸をレーザーで読み取る。わかりやすくすると、野球場の砂一粒一粒を
読み取るのと同じだという。そんなにすごい事をやっていたのか・・・!しかも30年以上前から!
自分の生まれる前の事って教科書レベルの大昔に感じてしまうから、こういう時とても不思議だ。
当時からそんな技術があったんだ、技術者さんってすごいね・・・なんて言うと怒られるだろうか?

あとここでは村上さんのインタビュー観についても書かれていた。相手に従うままの小学生の
見学では記事は書けない、相手の邪魔をしたり迷惑をかけたりするぐらいじゃないと状況の芯が
見えてこないというところもあるので、相手が気を悪くするような質問もわざとしてみる事もある、
わからないところは根掘り葉掘り何度も訊く、見たいところは時間をかけてじっくり細かく見る、
しゃべりたがらない事も挑発してしゃべらせるとの事だった。なるほど、これも真摯な姿勢だ。
僕も2回作者さんへのインタビューをした事があるけど、こんなに突っ込む事はできなかったな。
まぁ僕は本業じゃないので良いんだけど。いや、つばき先生には結構踏み込んだ質問をしたか。


最後はかつら工場。この工場が「ねじまき鳥クロニクル」の笠原メイが働いていた場所らしい
(Wikipediaより)。なので読めて良かったです。読んでいてメイからの手紙を思い出しました。
興味深かったのが、アデランスではまずカウンセリングをするという話。かつらをつける事への
罪悪感・抵抗感を消す、他人を欺く事では無くて自分の意識をリフトアップする為の作業なのだ、
という事を納得させるのだという。アフターケアも含めて、きめ細かいサービスをするのだなぁ。
僕の父も祖父も禿げていたので、僕もいつか禿げるのかなぁ、嫌だなぁ・・・と思いながら読んだ。
母方の祖父のようにかつらをつけたいけど、めんどくさがりなので結局つけない気もする。高いし。
祖父もかつらをつけていて、いろいろと苦労したのだろうか。もう訊く事はできなくなった。


以上、あまり書く事が無いかなと思ったけど3000字か。まぁ内容の解説がほとんどだったけど。
普通のエッセイの方が好きだけど、これはこれで楽しめたので良かったです。それではまた。

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