はいこんばんはRM307です。読書回の今週は小野不由美作「華胥の幽夢」の感想。短編集で、
十二国記シリーズの第7作目。通して読むのは十代の頃以来で、こちらもたぶん2、3回目。

華胥の幽夢 十二国記 (講談社X文庫)
小野 不由美
講談社
2001-09-05


【「冬栄」あらすじ】
厳しい冬を迎えている戴国。泰王驍宗は宰補泰麒に「暖かいところに行ってみたくはないか?」
と尋ねる。泰麒は蓬莱からこちらの世界へ帰ってきた折に助けてくれた、漣国の廉麟へお礼の
使節として、南の国の漣へ旅立つ事になった。街を越えるごとに暖かくなっていき、戴の春や
秋のような気候の漣に到着した泰麒は、戴もこうだと良いのに、と思わずにはいられなかった。

阿選」という名前を目にするだけで腹が立ってしまい笑、護衛が居るから漣の街を歩いても
大丈夫だろうという判断にも「泰麒が危険な目に遭った方が良いからそう言うんだろうな」と
むかむかしながら読んでいたのだけど、気安い廉王と楽しそうな泰麒が可愛くてほっこりした。
泰麒と軽口を叩く正頼のやりとりも良かったな。正頼には胡散臭いイメージがあったのだけど、
今回読み返したらそうでも無い、というか良い人だった。どうしてそう思っていたのだろう?
「正頼、つまらないの?」
「もちろんですとも。腕白小僧の首根っこを捕まえて、がみがみ言うのが私のお役目なんですから。たまには大変な悪戯をしでかして、尊いお尻をぶたせてくれなくちゃ、じいやには楽しみがありません」
(中略)
「心掛けておくね」
「よろしくお願いしますよ」
「潭翠には内緒ですけど、私は一度、潭翠が血相を変えたところを見てみたいと、常々思っていたんです」
「潭翠がかんかんになるような悪戯をするんだね」
「頑張ってくださいまし。そうしたらじいやが、戻りしだい、園林の木に吊るして差しあげますから」
このへんの会話が好き。のちに自由すぎる廉王世卓、廉麟の振る舞いによって、途方に暮れる
潭翠の様子を見られて喜ぶというw戴と漣は地理、気候だけじゃなく、本当に間逆な国だなぁ。

農夫の世卓は自分は王として大した事をしていない、勝手に伸びていく国を助けているだけ、
と言っていたけど、政治の事がわからず周りに任せる事が多くても天命を失っていないのは、
その働きが大事で、多くの中から必要な事がちゃんとわかっている、正しい判断ができている、
という事なのかな。それとも世卓の言う通り、本当に農夫としての彼を必要としていたのか。
そう割り切って考える事ができたら良いだろうなぁ。僕は絶対に疑っちゃうと思うから・・・。
泰麒もきっと同じで、でも世卓の言葉によって救われていた。とても良い出逢いだったのだな。

自分は周りにとって邪魔で迷惑をかけている存在なのでは無いか、と思い悩んでしまう泰麒。
良かれと思ってした事がかえって家族を落胆させる結果になる、というのもちょっとわかるな。
しかも泰麒はまだやっと11歳!作中にもあったけど、大人に囲まれているだけで緊張するよね。
驍宗や周りの官吏たちで、もう少し泰麒の目線に立ってを思いやれる人が居たらなぁ・・・。
それか泰果が流されていなければ・・・などと「もし」を考える事が多い。本当に泰麒、戴国は
その気候から何から苦境に立たされてばかりだ。ことさら戴には救いが無いような気がする。
苦しい戴の民を思って胸を痛める泰麒もいじらしかった。こんなに思い悩んでしまう泰麒が
六年も国を離れて、そしてそれに気づいた時はどれほど悔やんだだろう・・・と思うと・・・。

ラスト、驍宗の正寝のすぐ隣に住めるようになり、また移動用の子馬も与えられて喜ぶ泰麒。
この幸せがいつまでも続いて欲しかった・・・その後を知っている読者全員せつないよ・・・。

泰麒と驍宗と気心の知れた臣下たち。冬が終わり、希望にあふれた未来が待っているのだ・・・
というところで阿選が裏切り、彼らの幸せは終わりを告げる。楽しく笑っていた臣下たちも、
ほとんどが殺されてしまう。この短編ではこうしてみな元気に笑っているけれど、もう失われて
しまったのだ、と思うととてもやりきれない気持ちになる。今回読み返してつらさが増した。
どうか阿選が報いを受けますように。何より泰麒と驍宗が無事に再会できますように・・・。


【「乗月」あらすじ】
苛烈な法を課し民を残虐した前峯王が討たれて四年。諸侯をまとめていた恵州候月渓は、諸官の
頼みを退け王宮を去ろうとしていた。簒奪者の自分が仮王として玉座に座る訳にはいかないと。
そんな折に、突然縁もゆかりも無い慶国から使者が訪れる。使者の禁軍将軍の青辛は、月渓への
親書を携えていた。それはかつての芳の公主、祥瓊から月渓に宛てられた一通の手紙だった。

前峯王仲韃がいっそ腐敗していれば期待する事も無く、憎む事さえできたのに、仲韃は最後まで
無私無欲で。憎みたくない相手を憎まなければいけない苦しみが、月渓に大逆を決意させた。
だからこの弑逆は大罪だった、という事がわかるのが良いなぁ。月渓と冢宰の小庸が仲韃を
懐かしそうに語るシーンも良かった。思慕と、憤りと。複雑だな・・・。そしてとても悲しい。

その後桓魋の言葉と、祥瓊からの手紙を読み、祥瓊の減刑を願う為に供王に文を送る、それは
恵州候という一州候としての立場では無く、芳を預かる人間として・・・という流れが上手い!
何より祥瓊の自覚と悔恨が月渓に届いた、というのが嬉しかった。供王珠晶の粋な処遇も良いw
表向きは国外追放という温情、そして「干渉するな」という自国に専念せよというメッセージ。
さすが在位90年の珠晶だわ・・・王の器というのはこういう事を指すんだな、と改めて感じた。
きちんと罪を贖う為に、恭へ向かおうとした祥瓊もえらいな。極刑になったかもしれないのに。

話としてはその流れでめでたしめでたしなんだけど、芳はこれから止めようもなく傾いていく、
民は苦難を舐める事になるという現実もしっかり記されている。まだまだ問題は山積みなのだ。
この世界で生きるという事は本当に大変だ・・・。芳の荒廃が少しでも抑えられる事を祈る。

あと今さら疑問に思ったけど、予王より、麦州候浩瀚の方がよっぽど王に向いてそうじゃない?
それでも天は予王を選んだ。浩瀚に足りないものが、予王にしか無いものがあったのかなぁ。
それは他の十二国記作品でも思う事だけど、本当に天意というものはよくわからないな・・・。

それと「罪の重さを知らない事が罪」という話、僕も無知な人間だから、身につまされるな。
今までたくさんの間違いを犯してきたけど、もう大きな罪を犯さないで生きていきたい・・・。


【「書簡」あらすじ】
慶国の首都尭天から雁国の首都関弓へと飛ぶ一羽の鳥。それは人の言葉を伝える。景王陽子
彼女を助けた半獣の楽俊の近況を知らせるやりとり。誠実に、けれどお互いに背伸びをして。

名高い雁国の最高学府、そこでも半獣としての差別がある事が残念だった。どこの世界でも、
差別は存在するのだな・・・。楽俊が優秀ゆえのやっかみもあるのだけど、彼だけが本を
借りた時にそのねずみの外見、貧しい身なり故か念書を書かされないといけないとか、嫌だな。

しかしそんな事は陽子には伝えない、しかし陽子はそんな事をちゃんとわかっていて、言葉に
して他者の同情を求めたりしない楽俊の事を陽子は尊敬している。本当に良い関係だなぁ。
これからもふたりの関係が続いて欲しいな。できれば近いところで。楽俊は将来的には巧国の
力になりたいと思うのかもしれないけど、慶の国府に入って欲しい気もする・・・難しいな。

こちらの世界の人々にとって、祖国は大切なものなのだなとたびたび感じる。国が荒れ故郷を
追われた難民も、新たな王が発ったら貧しくても帰ってくる。楽俊のお母さんも王が斃れて
妖魔が蔓延るなど荒廃が始まっても巧で暮らし続けている。それだけの拠り所なのかな・・・。
でもお母さんはどうやら楽俊が雁に呼ぶみたい。その方が絶対に良いよ、心配だもの・・・。
大学へ入れてももちろんそれで終わりでは無く、成績や学費の問題があり、差別も存在する。
つらい事も多いけど、上手く乗り越えていけると良いな。そしてまた楽俊の話を読みたい。


【「華胥」あらすじ】
才国は扶王の失政を糾弾する、砥尚を始めとした民衆による高斗という集団は、国の理不尽と
戦い、扶王亡き後は荒廃と戦った。そして砥尚は采麟の選定を受けて新王となる。誰もが砥尚を
信じた。それから20数年、いっかな国は豊かにならず、その王朝は無残にも沈もうとしていた。

責難は成事にあらず」という言葉以外はまったく内容を覚えていなかったので、ここまで
ハードで悲しい話だったとは・・・と読んで驚いた。以前読んだ時は気づかなかったけど、
これは「幻想水滸伝」シリーズのような主人公たちの集団がたどり着いたハッピーエンドの
その先の物語だな。傑物である主人公と、若く理想に燃える仲間たち。主人公は王となり、
仲間たちもそれを支える官吏となった。あの日語り合った、理想の国を作るのだという夢、
せつないほどまぶしい輝かしい過去。しかしそれからわずか20年で、その命運が尽きる・・・。
こういう残酷な未来が訪れるケースもあるんだな・・・と現実を見せられたように感じた。

朱夏の従者の青喜がたびたび核心を突く発言をしており、何でも答えを教えてくれるようで、
ちょっと聡すぎないか、便利に使いすぎていないかと思いはしたものの、推理物としても楽しめ
面白かった。王父と王弟を殺したのは誰か、砥尚か・・・?というところに焦点を当てるんじゃ
なくて、なぜそうする必要があったのか?について思考を巡らせるところがとても良かったな。
栄祝たちの砥尚の何がいけなかったのかわからないという疑問と、件の砥尚の凛とした姿勢、
なぜ才が沈もうとしているのか・・・という謎から始まり、だんだんとほころびが露呈してきて
転がり落ちるように状況が悪化していくのも、悲しいけど読ませる力があって良いなぁと思う。

砥尚は政務に飽いたり民を虐げたりしている訳でも無く、登極以来誠心誠意民に向き合っている
のにも関わらず失道してしまう、国を収める能力が無かったから・・・というのがとても悲しい。
無論、統治が難しい事はわかる、でも破格の早さで大学を卒業した砥尚や、志を同じくした
仲間たちの誰もが無知で無能な政の素人だったとは思えないのだよな・・・。慎思の言うように
確信を疑わなかった、それも間違いだったとは思うけど、一番は奸吏の所為のような気がする。
栄祝と朱夏が奏から帰った時の荒らされた部屋もひどかった。本当に人に恵まれず不運だよ。
官吏に恵まれていれば、国はもっと上手く立ち直っていたと思う。これも砥尚たちの所為なの?
砥尚に国を収める能力が無いとわかっていて王にしたのなら、天帝の罪でもあるんじゃないの?

そもそもよくわからないのだけど、後に采王になる慎思が居るのにも関わらず、なぜ一度砥尚を
王にしたのだろう。最初から慎思を選んでおくべきだったんじゃない?その所為で民や采麟に
取り返しのつかない傷を負わせる事になったのだから、天意にも腹が立ってしまうよ・・・。
もちろん、砥尚や栄祝など失われた人々も取り返しがつかない。悲しすぎる事件だよ・・・。
冬栄」の廉王世卓の言葉を聞いている限りでは、天が砥尚に期待しただけの働きを砥尚が
できなかったから天意を失った、という事なのだろうか。そうだとしてもそれはちょっとひどい
気がする。何にせよ、天の意思なんてろくなんもんじゃない、と思う事に変わりは無いな。

砥尚も実父や実弟を手にかけたので、完全に擁護できる訳では無い。でも本当に苦しかった
だろうな。栄祝と朱夏の命を惜しんで奏へ向かわせる時の、この部分が一番せつなかった。
命を惜しんでくれたのだと思うと、涙が零れた。砥尚はいまだに、栄祝や朱夏に対して友誼を感じてくれているのだ。にもかかわらず、大逆を問わねばならない。そんなことはあり得ないと一蹴はできない砥尚の心情を思うと、あまりにも悲しかった。(中略)きっと見下げただろう、侮蔑し憎んだだろう、それがゆえの大逆だろうと思いながらも、死を賜るには忍びない――と。
追い詰められた思考。何百万もの民の命を背負っていて、自分の命運も尽きようとしていて。
かつての仲間の声にも耳を貸せない、もう何も信じられない、己さえも。苦しいなぁ・・・。
繰り返すけど、本当に砥尚に悪を成そうというつもりは無かったのにこうなってしまった事が
ただただ悲しく、無念に感じる。救いが無い。彼らが報われる未来があって欲しかった・・・。

砥尚をそそのかし、罪をなすりつけたのが栄祝だったにのはかなり驚き、そして悲しかった。
その後自分で死を選んだのも。栄祝も罪を犯した、でも決して悪人では無かったはずなのだ。
だからとても悲しい。朱夏も信じていた夫だったし悲しい。悲しいばかり言っているけど。
息子や甥がこんな末路をたどる事になり、慎思も本当につらかっただろうな・・・。それでも
朱夏たちを叱咤し前を向いたのがすごい。この過程で天意を得たという事なのだろうか・・・。

慎思の「自分ができない事を他人ができないからといって責めるの?」という部分はちょっと
上手く飲み込めなかったな。簡単に他人を非難するべきじゃないという事はわかるのだけど、
自分ができないからって声を上げてはいけないのだろうか、とも思う。責めるだけで正しい道を
教えられないのでは何も生まないという理論もわかるんだけど、同時にそれでは大切な何かが
失われるのを黙って見ているだけにならない?とも思ってしまうのだ。正しい道はわからない、
でも明らかにそれは間違っている、と誰の目からも明らかなケースもあるのでは無いだろうか。
それともその間違っているという判断も、独りよがりな結論なのだろうか・・・わからないな。

しかしこの慎思が後に新王となった訳だけど、賊吏の横行するこの朝廷をどうやってまとめて
軌道に乗せる事ができたのだろう。砥尚と栄祝の罪を背負ってすごく頑張ったのかな・・・。
采麟もあれだけココロに深い傷を負い、立ち直ったのがすごい。「風の万里 黎明の空」では
まだ若干元気が無いような印象を受けたけど。奏への道中での描写は痛ましかったな・・・。
憎悪すらも感じるような状態で、それでも王を慕わずにはいられない。麒麟は悲しいな・・・。

あと、青喜の「本当に望んでいるのはこれなのに、そうであってはならないと感じる、あるいは
それを望めばいっそう悪いことになるのじゃないかと不安に思う」というセリフ、これは僕にも
よく当てはまる気がする。僕もそうやって自分の望みを抑えつける事が多かったように感じる。
本当にココロから望んでいるものを求める事はとても難しいと思う。今でも上手くできない。


【「帰山」あらすじ】
柳国が傾いているらしいという情報を得た宗王の太子、利広が王都にたどり着くと、そこには
古くからの顔なじみ、雁国の風漢も訪れていた。彼らは柳の違和感のある崩れ方について話す。
かくも王朝は脆い。死なない王朝は無い。しかし利広には、自国の終焉を想像できなかった。

何百年も生きた利広と尚隆のやりとりが好き。王朝が続く為に乗り越えなければならない山や
その終焉のパターンを知れるのが嬉しい。たくさんの終わりを見てきたふたりだからこそだな!
玉座に飽いてしまったのでは無いかと言われている劉王露峰。実際何が起こってるのだろう。
120年という半端な時期に起きた事や、早くも妖魔が蔓延っている事なども合わせて気になる。
そしてお互いが雁と宗の終焉を予想し合うところも面白い。ありそうで少し怖いけど・・・。

家族全員で治世を行う宗王一家もすごく好き。親しげな会話もまじめな会話もとても面白い。
巧の難民を受け入れる為に使い道の無くなる大型船を造るのでは無く、漁民に払い下げられる
小型船にした方が良い、隣国が施せばいずれその恩義を返せるかもしれないが、遠い国がそれを
行っても返せず、天から降ってきたのと同じ、難民にとって一番大切なものをくじく事になる、
という話が興味深かった。誰か一人から名案が出てくるのでは無く、全員から有用な意見が
飛び交うのが良いなぁ。頭が良いというのはこういう事だ。そして誰もがまっとうで魅力的。

王が斃れていない戴、斃れたばかりの巧に、あれほど早く妖魔が跋扈するようになるのは妙だ、
妖魔の方に何かが起きているのでは無いか・・・という推察も面白い。さすが600年生きている
人たちの考えは違うかなぁ。このへん、シリーズが続けば描かれるのかもしれないな・・・。

あとは陽子が褒められているのも嬉しいし、利広と珠晶の交流も続いているのも嬉しかった。
自分の国だけで手いっぱいなところが多い中で、宗王は利広から情報を得て他国の事も考えて
動いている。本当にすごいなぁ。何もしない天帝なんかよりよっぽどこの世界を支えているよ。
どうか奏がいつまでも安泰でありますように。この安寧が永遠に続いて欲しいなと切に願う。
何より、一家が語らうこの幸せな空間を、利広と同じく僕もまた確認したいなととても思う。


以上、予想以上に忘れているところが多くて楽しめました。面白かったです。それではまた。

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