はいこんばんはRM307です。映画回の今週は京都アニメーション制作の「聲の形」の感想。
タイトルしか知らなかったけど、まぁ京アニならひどい事にはなるまいと思って観る事にした。

映画『聲の形』DVD
松岡茉優
ポニーキャニオン
2017-05-17


先週から一週間かけて観ていたのだけど、毎日作中の教師やクラスメイトの事を考えたり、
自分の古い記憶にアクセスして思い出したくない事を掘り起こしたりしたので疲れた・・・。
まず最初に、この作品を好きな方はこの感想を読まないでいただけるとありがたいです・・・。
特にフォロワーさんの中には京アニ作品を好きな方が多いので、嫌われたくないですし・・・。
あといつもあらすじを書いていたけど、感情的にならずに客観的にいじめについて触れる事が
できず、キレそうなので今回はやめておきます。まぁどうせ書いても誰も読まないしね・・・。


僕は小学二年生頃に母といっしょに手話講習会を受講していた。まぁついて行っていただけで、
指文字と自己紹介、日常会話程度しか覚えず、ほとんどらくがきをして過ごしていたのだけど。
正直に言うと、休憩時間に母が買ってくれる紙パックのジュースが楽しみで行っていましたw
今は指文字以外は忘れちゃったから映画についていけるだろうか・・・と心配だったのだけど、
大部分は石田結絃が翻訳する前に思い出せた。20年前とはいえ、一年間習っていたから
一応身についていたのかな・・・と書きながら思い出したのだけど、昔我が家ではのどが痛くて
声が出ない時は手話で会話していたんだった!何気に使う機会はちょこちょこあったんだな。
「またね」のように家庭内では使わなかった手話など、わからないものもいくつかあったけど、
会話の流れや文脈から推察できたので、当たり前だけど上手く作られているなぁと感心した。
あとわかりやすい手話だけを描写し、ちょっと込み入った手話の時は相手の人物の表情を映して
声だけにしているカットも多く、手話を知らない人や僕のような初心者への配慮も感じられた。
原作がそうなのかもしれないし、山田尚子監督の力が大きいのかもしれない。わからないけど。

山田監督作品の「リズと青い鳥」同様、音響が効果を発揮しているなという部分も多かった。
特に冒頭の西宮さんへのいじめシーン。当然観ていて気分が悪くなるのだけど、悲壮感のある
音楽だと重すぎるので、軽快な劇伴が少し和らげていた。本当にちょっぴり、だけどね・・・。
標的が西宮さんから石田に変わった時の、最初に池に入ったずぶ濡れの石田を描写し、そこで
フラッシュバックさせるのはなるほど!と思った。僕はこういう発想がまったく無いな・・・。

西宮さんや石田へのいじめ、僕は今までの人生でこういう壮絶ないじめを経験した事が無いし、
行われているところも目にした事も無い。僕の目の届かないところで行われていた可能性は
否定できないけど、少なくとも見える範囲では無かった。みんな仲が良かったように思う・・・
と思いながら観ていて思い出したのだけど、他ならぬ僕自身が一時期いじめられていたわwww
幼稚園の年中さんの時は年長さんの男子数名のサンドバッグになっていたし(文字通り頻繁に
殴られて吐いていた)、小学五年生の1学期も男子3名から精神的、肉体的な暴力を受けていた。
園児の頃はさすがに覚えていないけど、五年生の時はクラス替えがあった直後のまだ大人しい
時期で、だんだん本来の自分を取り戻した結果、僕の方が強くなって立場が逆転したのだけど。
でもここまで陰湿では無かったな。腹が立って身体中が熱くなり、観た事を本当に後悔した。
京アニの親しみやすい可愛らしいデザインのキャラがそれを行うのだから、破壊力が強かった。

僕はわりと子どもが好きで、自分が子どもにされる事ならだいたいは許して良いと思うけど、
当然いじめは許せるはずが無く。小学生になった時点で分別はつくと思うし、まだ幼いから、
という言い訳は通用しないと思うのだよな。彼らの場合は六年生、もう十分立派で大きい。
しかし僕だって、昔は叩いたり蹴ったりした事がある。それはケンカや親密な友人に対してで、
普段は仲が良かったからいじめでは無いのだけど、暴力という点では変わらないかもしれない。
その時は相手は嫌な気持ちになっているものだと思うし、もしかしたら今でも苦い思い出として
記憶している可能性もある。僕に子どもたちを責める資格は無いのかもしれないとも思う。
それでも今は卑劣ないじめは許されざる事だと思っているから、非難しても構わないだろうか。
一週間考えていたけど答えが出なかった。この件に関する僕への批判は甘んじて受けます。

ただクラスメイトより許せないのが、担任教師の存在。自己紹介の時点からどこか違和感を
覚えていたのだけど、西宮さんに配慮する事無く、あろう事かいじめを見て見ぬふりをし、
問題が発覚してから石田にすべてをなすりつける。もちろんいじめ当事者の石田も悪い、しかし
西宮さんを最初から切り捨て、転校した後では石田を切り捨て、それが学校教師のやる事か?
他ならぬ学校で起きた児童の問題を解決しないで何が教師だ?あり得ないクズ以下の教師。
存在が許せず、こういう人間が何食わぬ顔をしてこれからも教鞭を執り続けるのが腹立たしい。

何食わぬ顔をしてで言うと、島田植野川井のようないじめの加害者たちもそうだよなぁ。
島田や川井はこの先の人生も罪の意識にさいなまれる事無く、平然と生きていくんだろうな。
恐らく世の中の大部分がそうなのだろうなと思うとこちらも腹が立つけど、僕自身もたぶん
そんな無神経な人間の一人だし、前述の通り彼らを非難する資格があるとは言い切れないので、
声高に糾弾する事はできないかもしれない。まぁ一応内省するタイプのような気はするけど。
川井は最後まで反吐が出るキャラだったなぁ。真柴も苦手。お似合いのカップルだと思った。

だから理解できないのは植野。どの面下げて石田にすり寄っているの?お前も加害者やんけ。
いじめの標的になった石田を見捨てたくせに、石田たちがいじめられたり島田たちとの関係が
壊れたりする原因になったと西宮さんの所為かのように責めるのが意味不明であり得ない。
観覧車で西宮さんにも落ち度があると言っていたけど、自己中心的な理由とも呼べない代物。
一つ一つ否定したいけど、その為に観返す気も起きないし、すでに他の人も語っているだろう。
仮に落ち度があったとしても、そもそも落ち度がある事といじめる事は別、「落ち度があるから
いじめられた」は成立しないので、ロジックが間違っている。植野側に理なんて一つも無い。
そして西宮さんに対し石田が死にかけた事を責めたり面会を拒んだりする権利も無い。何様?
図々しいったらない。最後指文字を見せたところでも帳消しにはならないし、評価も変わらない。

石田については何を言えば良いかわからない。前述の通り僕にその資格があるかわからないし。
彼の罪が消える訳では無いけど、いじめを反省しているし、気になっていた西宮さんへの謝罪も
行ったのは良かった。これからも西宮さんや永束くん、ご家族を大切にして生きていって欲しい。


以上。全体の感想は、全員どこかズレたまま話が進行するので観ていてとても気持ち悪かった。
違和感が拭えなかった。でもその気持ち悪さ、違和感がこの作品の表現したかった事なのかな。
実は残酷だった寓話のような視聴感。映像が美麗だから人の歪みがより鮮明に浮き彫りになり、
いかにきれいに取り繕おうとも人の本質はかくも醜く歪んでいるのだ・・・と改めて感じた。
教訓はあっても、僕はそういう作品を求めていないし楽しめないので、観ない方が良かったな。
ごはんを食べながら観ていたのだけど、食べ物が不味く感じられる苦痛な時間だった・・・。
もちろん観る事を決めたのは自分なので、作品に文句を言うつもりはまったくありませんが。

西宮さんと佐原さんと石田のお母さんとマリアだけが救いだったな。特に佐原さん、石田と
西宮さんが会いに行った時、西宮さんの所為で自分も阻害されたと恨んでいるんじゃないかと
かなり心配だったけど、良い子のままさらに精神的に成長していたのでとても安心した・・・。
彼女たちがこれからはたくさん幸せでありますように。あと結絃と西宮さんのお母さんもね。

最後に、アニメで扱う手話でいつも疑問に思うのだけど、ろうあ者の人たちが口話をしないのは
なぜだろう?僕は手話ではまず口話が大切だと教わったのだけど、現在はそうでも無いのかな?
京アニだし作画の手間を省きたい訳では無いと思うんだけど・・・と思って検索したら、どうも
西宮さんの場合は口話が苦手らしい。うーん、でも口は動かさないといけないと思うんだけど。
まぁそのへんは全然詳しくない僕にはわからない事情があるのかもしれないな。それではまた。

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