はいこんばんはRM307です。今週は久しぶりに不死鳥先生の過去作品から、「魚眠洞とナナミ」の感想。
2008年12月30日から翌年1月にかけて2chの孤独な男性板へ投稿された、全8話の小説。悩める大学生である魚眠洞(不死鳥先生)と脳内彼女であるナナミの日常生活が描かれます。
今回はまだ始まる前の序文1「K、T、Iへの呼びかけ」について。本編では無く、発掘した新都社作家である七靴が組み込みました。作品でも無いので、あらすじは割愛します。


軽妙、いや軽薄とも受け取れそうな口語体で、不死鳥先生の普段の文語体やねとらじでの口調とのギャップがあり、当時はちょっと驚いた。
友人に対しては世間一般の若者と変わらなかったのだろうか、とも思ったけど、作品の中での人格、一つの表現だったのかな。僕自身も「良き」、「やばば」、「結婚してくれ」みたいなくだけた言葉を用いる場面があるけど、実際に発する訳では無いしね。

また当時は大学生でいらっしゃったので、「種苗会社に就職した」も事実と異なる。これはご自身の未来を暗示なさったのか、周囲の友人やかつての友人たちに置いていかれる現状を自嘲なさったのか。後の僕も似たような境遇だったのでわかる気がする。

以前も書いたけど、常人には及びつかない作品を生み出されるのに、ご自身は本人が仰っていたように学歴コンプレックスを燻らせていらっしゃった。
そしてこちらも書いたように愛読する作品も含め、感性は意外と特殊じゃなかったのかなともよく思う。しかしキャラクターや作品は明らかにエキセントリックで。ユニークですね。
たとえば僕は絶クレファンの中でも、新都社の中でも一番平凡かそれ以下の感性だと思っているのだけど、僕よりも不死鳥先生の方がずっとまともなのでは無いか、と時々考える。

話が逸れたかな。「NEET」や「サバイバル」は「農ネーム」を彷彿とさせる単語。あと後者は不死鳥先生もお好きなMy Little Loverの同名の楽曲「Survival」も。
「ああ、すれば良いさ!よろしくやれば良いさ!よろしくやりまくれよ!やりまくれよ!俺の分まで!」も、「よろしく」・「やる」が示す内容が変遷していき面白く、好きな言い回し。

『どれだけリア充になっても!俺の仲間だから!お前が俺を「切る」まで!』の悲哀もわかるかも・・・。僕も基本的に交友関係を自ら閉ざさず、いつも相手が離さていく人生なので。
不死鳥先生がリア充を目指した理由の一つにも、もう一度彼らといっしょに居たい、昔みたいに笑い合いたい願望が含まれたのだろうなと、次のTさんへの呼びかけを読んで感じた。


法学部のTさんは、「自キャラと作者シリーズ」のフユヒコのモデルになった人物かな。そして混浴のエピソードから、恋人のSさんは同シリーズのミズエさん
不死鳥先生の初恋の相手はMさんだと思っていたけど、昔Sさんにも好意を抱いていらっしゃったのか。MさんはSさん以前に、同じ小学生の時からお好きだったのかな?詳しい事情を知りたい。

「努力の成果や才能の成果より好きな人がいればそれで万々歳だよね」は、Tさんに合わせた社交辞令かと思わせて、実は隠れていた本心?だけど不死鳥名義以降だと逆転した・・・とか?後年の作品を読む限りでは、前者の方を大切にしたいとお考えだった印象なので。
いやそれも誤りで、やっぱりずっと愛してくれる存在に焦がれていた・・・?
ちなみに僕も同意見。好きな相手が居てくださったら、他に何も要らないと思う。

『勉強するよI。どうやらお前に勝てなくなった今でもそういう地道な道しか俺には無いらしい。泥臭い人生だぜ』 もせつなくて大好きな一文!!!2017年にコミカライズしたページを流用して作成したCMでは、結びとして使用させていただいた。
Iさんとは過去に何があったのか?こちらもすごく興味がある。
「自虐的にしか笑えない人間になった」もつらい・・・でも実際に、僕も昔の友人と会ったら同じ状態だと思う。長く交流している絶クレファンの方々も同じ。人として大きな差がついてしまった・・・。


以上、今年中に最終話まで載せるつもりで始めましたが、序文1だけで予想以上に長くなってしまいました。まぁ相変わらず自分語りが多く、感想も考察もまともに述べられていませんが・・・。それではまた。

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